3月2日に言渡された一審判決(その全文PDF->こちら)の間違いを明らかにしたもの。
そのエッセンスは、
「裁判官は目をつむれば世界は消える?冗談じゃない!」
或いは、一審判決言渡しの直後にアップした報告(その記事->こちら)の表題、
「3月2日一審判決:おまえのは概念法学だ。職務上の研究で実施した実験のノートが私物扱いで済むはずがない。バイオムラではそう考えないと言ったって、そんなことは理由にならない。問題の実質をよく見ろ。そのようなばかばかしい理由づけをするなど、もってのほかである。そんなことをするような人間は法律家をやめてしまえ。」
末弘厳太郎
ただし、今度の控訴理由書は、一審判決の「自己中の世界認識」を直感的に非難・罵倒するのではなく、あくまでも論理的に批判・論破したもの。言い換えれば、今回の控訴理由書は、
「一審判決の詭弁論理学を論破する論理的批判」という体裁を取っている。
その中心となるキーワードが「経験則」(※1)と「法的三段論法」(※2)。
その要旨は以下の通り。
その全文は、その下に掲載。
(※1)経験則とは、実際に経験された事柄から帰納された事物の因果関係や性状についての知識や法則。日常生活の経験から獲得されたものもあれば、芸術・科学・商取引等における専門的知識に属するものもある。およそ人が論理的にものごとの判断をする際には、必ず何らかの経験則を使っている。
(※2)法的三段論法とは、論理学における推論の型式のひとつで、大前提、小前提および結論という3個の命題を取り扱う三段論法を法律の世界に応用したもの。小前提にあたるのが具体的な事実。大前提にあたるのが法規と経験則の2つの場合があり、前者が法的判断に際して、後者が事実認定に際して適用される。
第二試合、第1回の裁判は東京高裁 第14民事部係属で、
日時 6月14日(水)午後2時~
場所 東京高裁 8階824号法廷
******** 控訴理由書(要旨) *******
原判決には次の3つの違法がある。
1、事実問題:原判決の事実認定が経験則違反
本件の事実問題の最大の争点である「被告職員の八重・園田が被告の本研究プロジェクトの抗菌活性実験(※1)及び耐病性評価実験(※2)(以下、総称して本実験)に従事したか否か」の点で、原判決は以下の7つの経験則に違反して事実認定を行なった。
①.経験則1(書証「実験計画書・実験報告書」(甲48の10等)の「実験従事者」に基づく推論)
②.経験則2(書証「論文」(乙17)の「共著者」に基づく推論)
③.経験則3(同一研究プロジェクトの前任者中島の実験従事に基づく推論)
④.経験則4(同一研究プロジェクトの屋外実験で平八重の実験従事に基づく推論)
⑤.経験則5(植物病理学の専門家に基づく推論)
⑥、経験則6(カビの専門家に基づく推論)
⑦.経験則7(耐病性評価実験と抗菌活性実験の実験従事者の同一性に基づく推論)
(※1)抗菌活性実験:タンパク質ディフェンシンそのものが様々な病原菌に対して増殖を抑制する効果があるかを検証する実験のこと。
(※2)耐病性評価実験:ディフェンシンの遺伝子を組み込んだ組換えイネを栽培したものが様々な病原菌に対して増殖を抑制する効果があるかを検証する実験のこと。
以下の表は、以上の7つの経験則の適用場面を、本研究プロジェクトの本実験の全体の中で示したもの。矢印は「前提」から「結論」を導く推論の方向を示すもの。
2、法律問題:原判決の「組織共用文書」該当性判断が法律の解釈及び経験則適用の誤り
本件の法律問題の最大の争点である『本研究プロジェクトで作成された、実験の生データを記録した「実験ノート」が独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律2条2項柱書の「当該独立行政法人等の役員又は職員が組織的に用いるもの」すなわち「組織共用文書」に該当するか否か』の点で、原判決は「組織共用文書」の解釈を誤り、なおかつその適用において経験則を誤った。
とりわけ重要な解釈問題として次の5点がある。
①.情報公開法の立法理由を検討し、その合理性を明らかにした上で、当該合理性が維持できるように「組織共用文書」の要件の明確化をめざすこと。
②.①を実行した結果、「組織共用文書」とは、職員が職務に際して、組織において業務上必要なものとして作成又は取得した文書のうち、説明責任を果す必要がないと例外的に認められる場合、すなわち専ら、作成または取得に関与した職員個人の職務の遂行の便宜のためにのみ利用する「個人的メモ」の類を除外する趣旨のものと解すべきであること。
③.②から、組織において業務上必要なものとして文書が利用された事実が一度でも認められた場合、それだけで当該文書は「組織共用文書」に該当すると解すべきであること。
③.②から、組織において業務上必要なものとして文書が利用された事実が一度でも認められた場合、それだけで当該文書は「組織共用文書」に該当すると解すべきであること。
④.それゆえ、文書の利用の頻度は「組織共用文書」該当性の判断と無関係である。
⑤.本件の実験ノートは、共同研究者間において利用された事実が認められるものであり、それゆえ、それ以外の文書保存・廃棄の状況等を斟酌するまでもなく、この点だけで「組織共用文書」該当性が肯定されること。
⑤.本件の実験ノートは、共同研究者間において利用された事実が認められるものであり、それゆえ、それ以外の文書保存・廃棄の状況等を斟酌するまでもなく、この点だけで「組織共用文書」該当性が肯定されること。
3、手続法の違反として、釈明義務違反
本件の最大の事実問題である「平八重・園田が本実験に従事したか否か」について、原告の立証が成功しなかったと裁判所が心証形成するに至ったあとに、裁判所は被告に対して、本実験に従事した者が誰かを明らかにするように釈明する責務を負っているにも関わらず、これをしなかったことは、以下の諸点において不合理、不条理と言わざるを得ず、釈明権不行使の著しく不当な場合に該当する。
①.もともと、原告が本件開示請求を行なった理由は、被告の研究プロジェクトの内情を知り得る立場にない市民として、税金を使って実施される独立行政法人の研究の内情を知りたいと思い、研究の成果等について説明責任を負っている被告に開示請求したものである。
②.ところが、被告の不開示決定に対する取消訴訟(本件訴訟)の過程において、当該取消が認められるためには、誰が本件実験の実施者かという、被告の研究の内情を知り得る立場にいる者でなければとうてい証明不可能な事実問題について証明責任を原告に課したのであり、これはあたかも開示請求が認められ、開示情報を手に入れて初めて証明できる情報を事前に要求されるようなものである。
④.これでは、研究の内情が分からないので知りたいと思い情報公開制度を利用しようとする市民に対して、研究の内情を知らない者は、情報公開制度を利用する資格なしと言わんばかりの本末転倒の態度である。この意味で、本裁判手続は情報公開制度をあってなきがごとき幻の制度に貶めているものと言わざるを得ない。
④.これでは、研究の内情が分からないので知りたいと思い情報公開制度を利用しようとする市民に対して、研究の内情を知らない者は、情報公開制度を利用する資格なしと言わんばかりの本末転倒の態度である。この意味で、本裁判手続は情報公開制度をあってなきがごとき幻の制度に貶めているものと言わざるを得ない。
以 上
平成30年(行コ)第91号 法人文書不開示処分取消請求控訴事件
控訴人 レペタ・ローレンス
被控訴人 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
控訴理由書
2018年 5月 7日
東京高等裁判所第14民事部 御中
控訴人訴訟代理人 弁護士 古 本 晴 英
同 弁護士 柳原 敏夫
同 弁護士 神 山 美智子
同 弁護士 船 江 莉 佳
目 次
頭書事件の控訴理由は以下の通りである。
なお、本書面の本文では便宜上、控訴人を原告、被控訴人を被告と表記する。
第1、はじめに
原判決には、次の3点の違法があり、取消しを免れない。
①.
事実問題として、原判決の事実認定が経験則に違反する。
すなわち、本件の事実問題の最大の争点は、被告の職員である平八重一之及び園田亮一(以下、平八重・園田と略称、2名を総称して平八重らという)が本研究プロジェクト[1]における抗菌活性実験[2]及び耐病性評価実験[3](以下、総称して本実験という)に従事したか否かであるところ、この点において、原判決は経験則に違反した事実認定を行なった。
②.法律問題として、原判決の「組織共用文書」該当性の判断が法解釈及び経験則に違反する。
すなわち、本件の法律問題の最大の争点は、本研究プロジェクトで作成された、実験の生データを記録したすべての文書いわゆる「実験ノート」が独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(以下、本法という)2条2項柱書の「当該独立行政法人等の役員又は職員が組織的に用いるもの」すなわち「組織共用文書」に該当するか否かであるところ、この点において、原判決は「組織共用文書」の解釈を誤り、なおかつその適用を誤った。
③.手続法の違反として、釈明義務に違反する。
すなわち、本件の最大の事実問題である「平八重らが本実験に従事したか否か」について、原告の立証が成功しなかったと裁判所が心証形成するに至ったあとに、裁判所が被告に対して、本実験に従事した者が誰かを明らかにするように釈明する責務を負っているにも関わらず、これをしなかったことは釈明権不行使の著しく不当な場合に該当する。
以下、順次、明らかにする。
第2、事実問題――事実認定が経験則に違反――(一般論)
1、民事訴訟における事実認定
民事訴訟における事実認定とは「徹頭徹尾経験則の適用」[4]とされる。つまり、民事における事実認定に当たっては、経験則に基づいた推論が駆使されなければならない。論理法則および経験則に従うことにより、はじめてその事実認定は客観的・合理的で追従可能なものになり、事実認定に対する当事者の納得形成が期待されることになる[5]。
③.結論:経験則適用の結果
2、経験則に基づく事実認定の2つの類型
一方で、法的三段論法に従う法的判断の類型として、法的三段論法の①大前提(法規)に、Ⓐ原則を定めた請求原因事実に関する法規と、Ⓑ請求原因事実を適用した結果を覆す例外を定めた抗弁事実に関する法規という2つの類型が認められるように、経験則に基づく事実認定も、法的三段論法の①大前提(経験則)に、ⓐ原則を定めた経験則とⓑその原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則という2つの類型が認められる。
経験則は成文の法規と異なり、その存在が明文化されている訳ではなく、また、特定の分野に属する専門的な経験則は裁判官にとってその存在が自明とは限らない。従って、事実認定にあたっては、ⓐ原則を定めた経験則の類型において、適用すべき経験則が存在するのか争いが生じる場合には、その存在を証明する必要がある(経験則の証明)。
(2)、例外を定めた経験則の類型
例外を定めた経験則は、上記(1)の原則を定めた経験則の場合以上に、そのような例外の経験則が存在するのか争いが生じる可能性が高い。従って、ここでもその存在を証明する必要がある。さらに、ここで重要なことは、例外とはいえ、いやしくもこれが経験則(論理法則)として存在し得るためには、この例外を肯定するに足りるだけの「合理的理由」を備えていることが必要である(この点を指摘する最高裁昭和62年12月11日判決判例時報1296号16頁[7]。同昭和36年8月8日判決民集15巻7号2005頁[8]参照)。この「合理的理由」を備えていることを証明できて、初めて当該例外の類型の適用が可能になり、その証明がない限り、当該例外の経験則を適用することはできない。
(2)、例外を定めた経験則の類型
例外を定めた経験則は、上記(1)の原則を定めた経験則の場合以上に、そのような例外の経験則が存在するのか争いが生じる可能性が高い。従って、ここでもその存在を証明する必要がある。さらに、ここで重要なことは、例外とはいえ、いやしくもこれが経験則(論理法則)として存在し得るためには、この例外を肯定するに足りるだけの「合理的理由」を備えていることが必要である(この点を指摘する最高裁昭和62年12月11日判決判例時報1296号16頁[7]。同昭和36年8月8日判決民集15巻7号2005頁[8]参照)。この「合理的理由」を備えていることを証明できて、初めて当該例外の類型の適用が可能になり、その証明がない限り、当該例外の経験則を適用することはできない。
4、事実認定が経験則違反とされる場合
従って、事実認定が経験則違反とされる場合の類型も、上記3の要件を具備していなかったとして、次の2つの類型が存在する。すなわち、
(1)、原則を定めた経験則の類型
(1)、原則を定めた経験則の類型
原則を定めた経験則の類型において、適用すべき経験則が存在することが証明されたにも関わらず、ⓑ当該原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則の検討に入らずに、当該原則を定めた経験則を適用した結果と異なる事実認定をおこなった場合(以下、この経験則違反の類型を経験則違反ⓐタイプという)。
(2)、例外を定めた経験則の類型
(2)、例外を定めた経験則の類型
原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則の検討に入ったが、「特段の事情」が例外を肯定するに足りるだけの「合理的理由」を備えているかどうかを検討せずに(或いは、検討したが、その「合理性」を明らかにできなかったにも関わらず)、当該例外を定めた経験則を適用して、原則を覆す事実認定をおこなった場合(以下、この経験則違反の類型を経験則違反ⓑタイプという)。
以上の経験則の一般論を踏まえて、以下、本件に即して経験則違反を明らかにする。
第3、事実問題――事実認定が経験則に違反――(具体論)
1、はじめに――「平八重らが本実験に従事したか否か」が本件の事実認定の最大の争点となるまで――
本件の事実認定の最大の争点は、平八重らが本実験に従事したか否かであるが、ここで強調しておきたいことは、上記事実問題は原告がみずから進んで主張したものではないことである。原告は訴え提起時に、誰が本実験に従事したかは問題にしなかった(訴状別紙請求文書目録を再掲した別紙請求文書目録参照)。なぜなら、原告の関心は専ら本実験の実験ノートに記録された実験の生データの開示であって、誰が作成したかは関心がなかったからである。しかるに、原審裁判所は、原審の審理の中で、本実験の実験ノートの作成者を特定するよう原告に指示した。裁判所の指示に従い原告は本実験の中心人物と思しき植物病理学専攻の平八重らを本実験の実験ノートの作成者つまり本実験の従事者と特定するに至った。ところが、本研究プロジェクトで本実験を実施し、本実験で実験ノートを作成したことは認めた被告は、この原告主張を否認した。そこで、原告から被告に対し、否認する以上、否認の理由として、被告が認識する本実験の従事者を明らかにするよう迫ったが、被告はこの事案解明を拒否し、原審裁判所も被告の態度を容認した。その結果、原審では、本研究プロジェクトで本実験は実施され、その実験ノートも作成されたことに争いがないにもかかわらず、本研究プロジェクトの内情を知り得る立場にない原告は不本意にも、平八重らが本実験に従事したか否かという、本研究プロジェクトの内情に関わる事実を証明する羽目となったのである(以上の手続の点は、控訴理由の第6、手続法――釈明義務違反として取り上げる。)。
そこで、本研究プロジェクトの内情を知り得る立場にない原告が試みた証明とは、被告の自白、既に開示された情報及びたまたま入手した情報等に基づいて、以下の経験則1から同7まで、7つの経験則を適用して推論を主張したことであった。これに対し、原判決は以下の理由で原告主張を斥けた。そこで以下、この原判決の事実認定がいかなる意味で経験則違反であるかを明らかにする。
2、原告の経験則に基づく事実主張とこれに対する原判決の事実認定について
①.経験則1(書証「実験計画書・実験報告書」(甲48の10等)の「実験従事者」に基づく推論)
ⓐ原則を定めた経験則
項目
|
具体的内容
|
大前提
(経験則)
|
①.「成立の真正が認められる書証のある場合、特段の事情が認められない限り、その書証に記載通りの事実を認めるべきである「(最判昭和45年11月26日民事101号565頁)
②.「実験計画書・実験報告書」の「実験従事者」の記載の意義:特段の事情が認められない限り、実際に当該実験に従事した者と解すべきである(その理由は原告準備書面(12)第1で詳述した)。 |
小前提
(具体的事実)
|
書証「実験計画書・実験報告書」(甲48の10等)の「実験従事者」の欄に、平八重らの名前が記載されている。
|
結論
|
平八重らは実際に本実験に従事した。
|
ⓑ上記原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
被告において、上記「実験従事者」とは、自ら実験を行う者に限られず、実験の材料を提供したり、実験の手法を伝授したり、実験に使用される施設を管理したり、という形で実験に携わった者も含む(被告は準備書面(8)2頁4~6行目)。
(2)、原告の再反論
(2)、原告の再反論
被告の上記反論は、「実際に実験に従事しなかった者」も「実験従事者」に含まれるというもので、上記経験則に対する例外の経験則を主張するものである。そうだとすれば、この例外を首肯するに足りるだけの「合理的理由」が備わっていることが必要となる。
しかし、原告準備書面(12)第1、2(2~8頁)で詳述した通り(以下に再掲する)、本件には、例外を容認するだけの「合理的理由」は備わっていない。
次に被告は準備書面(8)において、「実験従事者」とは《自ら実験を行う者に限られず、実験の材料を提供したり、実験の手法を伝授したり、実験に使用される施設を管理したり、という形で実験に携わった者なども列挙される》(2頁4~6行目)と、実際に実験には従事しない協力者も含まれると主張する。
しかし、これは明らかに間違っている。国立大学法人東京農工大学のホームページ掲載の組換えDNA実験指針の講義資料に「実験従事者」について、
《(1) 実験従事者(指針第I部第5章第1)
組換えDNA実験を実際に実施するすべての者を実験従事者といいます。》(甲55『「組換えDNA実験指針」の解説』17頁)
と解説している通り、「実験を実際に実施するすべての者」を言う。なぜなら、
(1)、第1に、甲48の書面は組換えDNA実験指針(以下、本指針という)及び本指針を法制化した「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(2004年2月19日施行。以下、通称であるカルタヘナ法という)に基づく作成されたものであるが、そもそも組換えDNA実験に対して本指針が策定された理由は、《組換えDNA技術は、それまで自然界に存在しなかった新しい遺伝子の組合せを生み出すものであり、開発当初に、十分な安全措置のないままに研究を進めた場合、人間及びその他の生物に危険をもたらす可能性がないとは断言できないとの考え》に基づき、《組換えDNA研究の推進に当たっては、その潜在的危険性を最大限に見積もり、これに対処するための万全の予防手段を講じることが重要です。このような考えに立ち、これまで、我が国を含む先進諸国において、組換えDNA実験の安全確保のための指針が作成・運用されてきています》(甲55『「組換えDNA実験指針」の解説』1頁)という考えに基づく。
この考えに基づき、本指針は組換えDNA実験の安全を確保するための組織体制として、次頁図のような体制整備を求めた(甲55同解説17頁)。その結果、組換えDNA実験のうち機関承認実験及び大臣確認実験は実験の実施にあたっては、その実験計画書を作成し、実験実施機関の長に提出し、安全委員会の審査を経て実験を承認するか否かを判断することになる。
この体制はカルタヘナ法にも受け継がれ、その実効性を担保するために罰則が設けられた(法38条以下)。それゆえ、実験計画書等に「実験従事者」を記載する目的は、事前の承認の段階で、安全委員会が誰が実際に実験を実施するのかを確認して実験の安全性を調査審議するためであり、実験開始後の段階で、事故が発生し、手続違反が明らかになった場合、誰が実際に実験を実施していたのかを確認しその責任を問うためである。
従って、「実験従事者」の記載にあたっては、東京農工大学の前記講義資料(甲55)の通り、実験を実際に実施するすべての者を網羅する必要がある(それゆえ《実験従事者には、実験者の他に実験補助者も含まれる。》(甲56「長崎大学における動物実験指針―解説書―」36頁)一方、実験を実際に実施しない者は、たとえ協力者であっても含まない。なぜなら、実際に実験に従事する者すべてを網羅し、なおかつ実際に実験に従事しない者は記載しないことによって初めて、安全委員会は、実験実施機関の長の諮問に応じて、その職務である当該実験の安全性の有無を正確に調査審議できるからである(本指針第5章第4〔乙11。6頁〕)。
(2)、第2に、「実験従事者」の意義を以上のように「実際に実験に従事する者全てを網羅し、なおかつそれ以外の者は含まない」と解さない限り、本指針の以下の文言の意味を正確に理解することは不可能である。
①.組換え植物の実験
《2 組換え植物の物理的封じ込めの方法の基準
‥‥
(3) 組換え植物に係る栽培管理の方法
組換え植物の栽培管理は、次に掲げる事項に配慮して適切に行うものとする。
組換え植物の栽培管理は、次に掲げる事項に配慮して適切に行うものとする。
‥‥
⑧ 実験従事者を通じて種子等が実験区域外へ飛散することを防止するために、実験室内では専用の実験着を着用するとともに、実験区域外へ出るときには、更衣、手洗い等を行うこと》(乙11。第7章第2節第2、2〔12頁〕)
②.組換えDNA実験一般
《物理的封じ込めの目的
物理的封じ込めは、組換え体を施設及び設備内に閉じ込めることにより、実験従事者その他の者への伝播及び外界への拡散を防止しようとするものである。》(乙11。第2章第1、1〔2頁〕)
《第1 教育訓練
実験責任者及び実験実施機関の長は、実験開始前に実験従事者に対し、この指針を熟知させるとともに、次に掲げる事項に関する教育訓練を行うものとする。
1 危険度に応じた微生物安全取扱い技術
2 物理的封じ込めに関する知識及び技術
3 生物学的封じ込めに関する知識及び技術
4 実施しようとする実験の危険度に関する知識
5 事故発生の場合の措置に関する知識(大量培養実験において組換え体を含む培養液が漏出した場合の化学的処理による殺菌等の措置に対する配慮を含む。)》(乙11。第4章第1〔4頁〕)
《第2 健康管理
1 実験実施機関の長は、実験従事者に対し、安全委員会の助言を得て、健康診断その他の健康を確保するために必要な措置を講じるものとする。
2
実験実施機関の長は、実験従事者が人に対する病原微生物を取り扱う場合は、実験開始前に感染の予防治療の方策についてあらかじめ検討し、必要に応じて抗生物質、ワクチン、血清等の準備をするものとする。この場合において、実験実施機関の長は、実験開始後6ヶ月を越えない期間ごとに1回特別定期健康診断を行うものとする。
‥‥
6 実験従事者は、絶えず自己の健康について注意することとし、健康に変調を来した場合又は重症若しくは長期にわたる病気にかかった場合は、その旨を実験実施機関の長に報告するものとする。上記の事実を知った当該実験従事者以外の者についても同様とする。》(乙11。第4章第2〔4~5頁〕)
《第5章 実験の安全を確保するための組織
第1 実験従事者
実験従事者は、実験を計画し、及び実施するに当たっては、安全確保について十分自覚し、必要な配慮をするとともに、あらかじめ、微生物に係る標準的な実験方法並びに実験に特有な操作方法及び関連する実験方法に精通し、習熟するものとする。》(乙11。第5章第1〔5頁〕)
《(4) P4レベル
‥‥
2) 実験室の設計
①
実験専用の建物又は建物内において他と明確に区画された一画を実験区域とし、当該区域に実験従事者以外の者が近づくことを制限できるようにすること。》(本指針。附属資料1)
(3)、第3に、それは放射線を用いる実験における「実験従事者」との比較から導かれる。1つの実験計画の中で組換えDNAを用いる実験と放射線を用いる実験が実施される場合に、両者の実験の「実験従事者」の意義を同一の意味で使っている。例えば、前記の「長崎大学における動物実験指針―解説書―」(甲56)は、以下の通り、実際に実験を行う者[9]という意味の「実験者」という用語で、両者の実験に対する「実験者」の安全配慮義務を論じている。
《放射性化合物(RI化合物)、放射線(X線など)、組換えDNA、変異原性物質、発癌性物質など物理的、化学的な危険物質、および病原微生物(細菌・ウイルスなど)を取り扱う動物実験を実施する際には、実験者は自身および他の人への安全性を確保するとともに、事故による飼育環境の放射能汚染などによる実験動物への影響を極力防ぐよう十分に配慮する必要がある。》(甲56の27~31頁「第14 危険物質等を扱う動物実験」)。
また、同大学の動物実験計画書は、組換えDNAを用いる実験と放射線を用いる実験が一緒に実施される場合でも1枚の計画書の中に「実験方法」の欄で当該項目に■をし、「実験従事者」を記載する(甲56の32~33頁。附属資料1)。
放射線を用いる実験における「実験従事者」は「放射線業務従事者」と呼ばれ、「放射性同位元素等又は放射線発生装置の取扱い、管理又はこれに付随する業務(以下「取扱等業務」という。)に従事する者であって、管埋区域に立ち入るもの」と定義されている(放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則1条8号。下線は原告代理人)。すわなち、現実に「管理区域に立ち入る者」が「放射線業務従事者」である。なぜなら、放射線障害の発生を真に防止するためには、現実に「管理区域に立ち入る者」に対して、安全性確保のための具体的な措置を実行させる必要があり、なおかつ放射能事故が発生した場合または法令に違反した場合に刑事責任も含め責任を問う範囲を明確にする必要があるからである。
従って、動物実験で放射線を用いる実験をする場合、実験の現場である管理区域に立ち入る者が「放射線業務従事者」すなわち「実験従事者」である。実験の現場に立ち入らず、単に「実験材料を提供」又は「実験方法・評価方法等を指導・伝授」しただけの者は「実験従事者」ではない(甲54。同旨の木暮東京大学教授の回答の報告書)。
従って、動物実験で放射線を用いる実験と組換えDNAを用いる実験を一緒にする場合に使われている「実験従事者」もこれと同様に解すべきである。
以上によっても、組換えDNAを用いる実験における「実験従事者」は「実際に実験に従事する者」という意味であることが明らかである。
3、小括
以上から、甲48の「実験従事者」とは組換え実験の実施に「実際に携わる者全てを網羅し、なおかつそれ以外の者は含まない」と解すべきである。従って、48の10から22までの文書の「実験従事者」の欄に記載されている平八重氏と園田氏は実際に実験を担当した者にほかならない。》(以上、原告準備書面(12)第1、2(2~8頁))
ⓒ原判決
原判決は、証人大島正弘(以下、大島という)、同平八重の《被告においては、「実験従事者」欄には‥‥自ら実験を行う者に限らず、実験の材料を提供したり、実験の手法を伝授したり、実験に使用される施設を管理したりするといった形の関与であっても記載することがあり、あるいは、実際に実験を行う可能性があるにとどまる者についても記載することがあった》(41頁1行目以下)旨の証言をそのまま採用して、例外の経験則として「特段の事情」の存在を認めた。
しかし、もともと実験計画書等に「実験従事者」を記載する目的は、事前の承認の段階で、安全委員会が誰が実際に実験を実施するのかを確認して実験の安全性を調査審議するためであり、実験開始後の段階で、事故が発生し、手続違反が明らかになった場合、誰が実際に実験を実施していたのかを確認しその責任を問うためである(原告準備書面(12)4頁)。その実効性を担保するために罰則まで設けられている(カルタヘナ法38条以下)。このような厳格な扱いが求められている「実験従事者」について、その例外を定めることはカルタヘナ法の規定もなしに超法規的に軽々しくできるものでない。それゆえ、もし「実験従事者」の意義について、カルタヘナ法の規定もなしに「特段の事情」を認めるとしたら、その超法規的な例外的取り扱いを首肯するに足りるだけの十分な「合理的理由」が不可欠である。しかるに、原判決は、単に被告側の職員(大島・平八重)の証言をそのまま採用し、いもち病菌の提供、指導・助言にとどまった《両名の氏名が本件実験計画書等の「実験従事者」欄に掲載されることは、必ずしも不合理ではない。》(41頁b)と評価するだけで、超法規的な例外的取り扱いを首肯するに足りるだけの十分な「合理的理由」については積極的にただの一言も吟味検討しないまま、上記経験則の例外を認めた。これが経験則違反ⓑタイプに該当する経験則違反の事実認定であることは言うまでもない。
②.経験則2(書証「論文」(乙17)の「共著者」に基づく推論)
ⓐ原則を定めた経験則
項目
|
具体的内容
|
大前提
(経験則)
|
①.「成立の真正が認められる書証のある場合、特段の事情が認められない限り、その書証に記載通りの事実を認めるべきである「(最判昭和45年11月26日民事101号565頁)
②.実験結果を報告した「論文」の「共著者」の記載の意義:特段の事情が認められない限り、実際に論文記載の実験に従事した者と解すべきである。
③.論文の「共著者」として名を連ねた植物病理学の専門家は、論文記載の植物病理学に関する実験に従事した者である。
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小前提
(具体的事実)
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書証「論文」(乙17)の「共著者」に、植物病理学専門の平八重の名前が記載されている。
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結論
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平八重は実際に論文(乙17)記載の抗菌活性実験に従事した。
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ⓑ上記原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
平八重は川田氏に実験材料を提供し、実験方法を指導しただけで、「論文」(乙17)の実験も実施していない。
平八重が論文(乙17)の共著者とされた理由は、いもち病菌の提供には高度な知識や技術、ノウハウが必要であることから、大いなる貢献をした者として共著者とされた(被告準備書面(11)7頁エ)。
「論文」(乙17)の抗菌活性実験はマイクロプレートリーダーを使った実験で、分子生物学分野の一般的な実験であり、植物病理学の専門知識・ノウハウは不要である(被告準備書面(11)2~5頁2)。
平八重の専門は植物の耐病性と病原菌の病原性であって、抗菌活性は専門ではない(被告準備書面(10)5頁(4))。
「論文」(乙17)の抗菌活性実験はマイクロプレートリーダーを使った実験で、分子生物学分野の一般的な実験であり、植物病理学の専門知識・ノウハウは不要である(被告準備書面(11)2~5頁2)。
平八重の専門は植物の耐病性と病原菌の病原性であって、抗菌活性は専門ではない(被告準備書面(10)5頁(4))。
(2)、原告の再反論
被告の上記反論は、論文の「共著者」に「実際に実験に従事せず、いもち病菌の提供したにとどまる者」も含まれるというもので、上記経験則に対する例外の経験則を主張するものである。そうだとすれば、この例外を首肯するに足りるだけの「合理的理由」が備わっていることが必要となる。
しかし、原告準備書面(16)第1、5(11~12頁)で詳述した通り(以下に再掲する)、本件には、例外を容認するだけの「合理的理由」は備わっていない。
《ア、前記②の被告反論(論文〔乙17〕の共著者とされた理由)に対して、
(ア)、平八重が論文(乙17)の抗菌活性実験に提供したいもち病菌は、平八重も証人尋問で認めた通り(証人平八重12頁下から2行目~13頁下から5行目)、すべて標準的な菌でしかなく(甲64木暮意見書(3)3頁14~22行目。甲62被告の成果情報2枚目表1)、《その菌が世界で初めて分離したもの、あるいは他の株には見られないような特殊な性質を持っている、あるいは提供者が作りだした特有の性質を示す遺伝的変異体、といった”特殊性》(甲64木暮意見書(3)3頁3行目以下)と木暮教授が指摘したような特殊性が認められる菌ではない。
(イ)、被告自身も、論文(乙17)の実験以前から、平八重が所属する病害研究室が提供した菌が標準的な菌である事実を次の通り、自白している。
《被告農研機構は、約30系統の標準菌株を選定して保管・維持している。‥‥平成11(1999)年ころから、北陸農業試験場水田利用部病害研究室(当時)は、川田氏の依頼によって上記標準菌株のうち最も一般的な系統を提供するとともに、菌の培養法を伝えた。平八重氏、園田氏は平成15(2003)年4月着任依頼、病害研究室の担当者として川田氏のこの依頼に対応した。》(被告準備書面(10)4~5頁4(1)~(2))。
(ウ)、他方、同じ論文(乙17)で病原細菌を提供した畔上耕兒氏は謝辞にとどまっている。共に菌を提供しただけなら、なぜ一方は共著者、他方は謝辞と違う扱いになるのかその合理的説明がつかない。その違いは平八重が抗菌活性実験を実施したこと以外に考えられない。
(ア)、平八重が論文(乙17)の抗菌活性実験に提供したいもち病菌は、平八重も証人尋問で認めた通り(証人平八重12頁下から2行目~13頁下から5行目)、すべて標準的な菌でしかなく(甲64木暮意見書(3)3頁14~22行目。甲62被告の成果情報2枚目表1)、《その菌が世界で初めて分離したもの、あるいは他の株には見られないような特殊な性質を持っている、あるいは提供者が作りだした特有の性質を示す遺伝的変異体、といった”特殊性》(甲64木暮意見書(3)3頁3行目以下)と木暮教授が指摘したような特殊性が認められる菌ではない。
(イ)、被告自身も、論文(乙17)の実験以前から、平八重が所属する病害研究室が提供した菌が標準的な菌である事実を次の通り、自白している。
《被告農研機構は、約30系統の標準菌株を選定して保管・維持している。‥‥平成11(1999)年ころから、北陸農業試験場水田利用部病害研究室(当時)は、川田氏の依頼によって上記標準菌株のうち最も一般的な系統を提供するとともに、菌の培養法を伝えた。平八重氏、園田氏は平成15(2003)年4月着任依頼、病害研究室の担当者として川田氏のこの依頼に対応した。》(被告準備書面(10)4~5頁4(1)~(2))。
(ウ)、他方、同じ論文(乙17)で病原細菌を提供した畔上耕兒氏は謝辞にとどまっている。共に菌を提供しただけなら、なぜ一方は共著者、他方は謝辞と違う扱いになるのかその合理的説明がつかない。その違いは平八重が抗菌活性実験を実施したこと以外に考えられない。
イ、前記③の被告反論(マイクロプレートリーダーを使った実験)に対して、
マイクロプレートリーダーの操作が分子生物学分野で一般的に知られている事実は認める。しかし、問題はマイクロプレートリーダーという実験機器の操作自体ではなく、いもち病菌とディフェンシン蛋白質をどのような条件で接触させてディフェンシン蛋白質の抗菌活性を評価するかという具体的な実験の組み立てにある。これを決めない限り実際の実験を行なうことはできないが、それを具体的に設定するとは《例えば、いもち病菌の濃度を当初どの程度に設定すればよいか、他方、ディフェンシンの濃度をそれに合わせてどの程度に設定するのが適当か、実験が数日に渡る場合には、その間の培養条件の設定、どのような結果が出た時点で実験を終了とするべきかという判断、実験データの整理と統計処理を使ったその判定等々をどのように決めたらよいのか》(甲64木暮意見書(3)3~4頁3)ということであり、それは《単にマイクロプレートリーダの操作が分かる者だからいってできることではありません。そのためには、いもち病菌等の植物病理学の専門知識、植物病理に関する経験に基づくノウハウが必要になります。つまり、抗菌活性実験も植物病理学の専門知識・ノウハウを備えた者が実施することが必要なのです。》(同上)。
ウ、前記④の被告反論(平八重の専門性)に対して、
平八重は証人尋問において、甲59を示して、昭和60年度の学会で抗菌活性実験の発表をした時、この抗菌活性実験を担当したかという質問に対し、担当したと証言した(証人平八重6頁)。それゆえ、抗菌活性はたとえ平八重の専門でないとしても、平八重が研究の中で抗菌活性実験を担当した事実は否定できない。
エ、以上の通り、被告の反論②~④はいずれも成り立たない。それゆえ、反論②~④が成立することに支えられている被告の反論①も成り立たないことが明らかである。》(以上、原告準備書面(16)第1、5(11~12頁))
ⓒ原判決
原判決は、証人平八重の《同論文に自身の氏名が掲げられているのは、同研究室に所属し、植物病理学の高度な技術と専門的な知識を必要とするいもち病菌の提供を行ったためであり、直接実験を実施したものではない》(38頁(ウ))旨の証言をそのまま採用して、例外の経験則として「特段の事情」の存在を認めた。
しかし、もともと学術論文の「共著者」に名前を記載する意義は、当該人物は当該論文の研究に主体的に関わった者と考えるのが基本的な常識であり、それゆえに、当該論文の内容や実験データなどに責任を持つことになり、もし後になって当該論文の内容に何らかの疑義が出た場合、その問題から免れることが出来ない。換言すれば「共著者」として名前が入っている以上、後から、材料を提供しただけで実験そのものには関わっていない、といった言い逃れは許されないというのが研究者の常識である(近く提出予定の甲68木暮意見書(4)参照)。そこで、このような趣旨に基づく学術論文の「共著者」の意義について、その例外である「特段の事情」を認めるとしたら、その例外的取り扱いを首肯するに足りるだけの「合理的理由」が不可欠である。しかし、上記(2)、原告の再反論の(ア)で前述した通り、「植物病理学の高度な技術と専門的な知識を必要とするいもち病菌の提供を行った」という平八重証言は、そのすぐあとの反対尋問で否定され、平八重が提供したいもち病菌はすべて標準的な菌でしかないこと(証人平八重12頁下から2行目~13頁下から5行目)、《その菌が世界で初めて分離したもの、あるいは他の株には見られないような特殊な性質を持っている、あるいは提供者が作りだした特有の性質を示す遺伝的変異体、といった”特殊性》(甲64木暮意見書(3)3頁3行目以下)と木暮教授が指摘したような特殊性が認められる菌ではないことが判明した。さらに、原判決35頁(イ)で判示した事実に対しても、原審において原告は原告準備書面(16)第1、5ですべて反論済みであるにもかかわらず、原判決は、これらの反論をことごとく無視した一方で、被告側の職員(平八重)の上記証言と上記(イ)で判示された事実だけをそのまま採用し、《このような陳述・供述は、上記(イ)で判示したところに照らし、必ずしも不合理ではない》(38頁(ウ))という結論を引き出した。すなわち、例外的取り扱いを首肯するに足りるだけの「合理的理由」の存在については、上記(2)、原告の再反論に対するただの一言の吟味検討もないまま、上記経験則の例外を認めた。これが経験則違反ⓑタイプに該当する経験則違反の事実認定であることは言うまでもない。
(3)、経験則3(同一研究プロジェクトの前任者中島敏彦(以下、中島という)の実験従事に基づく推論)
ⓐ原則を定めた経験則
項目
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具体的内容
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大前提
(経験則)
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①.特段の事情が認められない限り、植物病理学の専門家が植物病理学に関する実験に従事する。
②.同一研究プロジェクトで、メンバーの植物病理学の専門家が交代した場合、特段の事情が認められない限り、後任者は前任者が従事した実験の実験方法や実験データ等を引き継ぐ。 |
小前提
(具体的事実)
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①.植物病理学の専門家である中島が同一研究プロジェクトの屋内実験で本実験に従事した。
②.同一研究プロジェクトの屋内実験で、メンバーの植物病理学の専門家が中島から平八重らに交代した。
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結論
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後任者の平八重らは前任者中島の本実験の実験方法や実験データ等を引き継いだ。
前任者中島が自ら本実験に従事したように、後任者の平八重らも自ら本実験に従事した。
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ⓑ上記原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
なし(被告の認否がなかったので、催促のため、原告が原告準備書面(16)6頁で擬制自白の成立を主張した後にも、被告は認否しなかった)。
ⓒ原判決
原判決は、原告提出の証拠(特許出願(甲27)、本件実験計画書等(甲48の34等))からは、《中島の関与がうかがわれることは否定できない》(42頁9行目)と認定し、《仮に中島が組換えイネの耐病性評価実験等の実施に本格的に関わったことがあるとしても》(同頁10~11行目)と小前提の事実①を認定しながら、なおかつ《同一研究プロジェクトの屋内実験で、メンバーの植物病理学の専門家が中島から平八重らに交代した》という小前提の事実②も争いのない事実であったから、本来であれば、上記原則通りに経験則を適用して事実を推論すべきであった。しかし、原判決は、ⓑ当該原則を覆す例外を定めた「特段の事情」の類型の検討に入ることもせず、単に《中島から特に引継ぎを受けていない》《既に川田の研究グループでは実験系や評価の体制が確立されていたのではないか》(同頁11~13行目)という平八重証言をそのまま採用して、そこから当該原則の経験則適用の結果と異なる事実認定をした。これが経験則違反ⓐタイプに該当する経験則違反の事実認定であることは言うまでもない。
(4)、経験則4(同一研究プロジェクトの屋外実験で平八重の実験従事に基づく推論)
ⓐ原則を定めた経験則
項目
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具体的内容
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大前提
(経験則)
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①.特段の事情が認められない限り、植物病理学の専門家が植物病理学に関する実験に従事する。
②.同一研究プロジェクトで、屋内に続いて屋外で本実験を実施した場合、特段の事情が認められない限り、屋外も屋内の本実験を引き継ぎ、同一人が従事する(その理由は甲64木暮意見書(3)8~9頁9で詳述)。 |
小前提
(具体的事実)
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①.植物病理学の専門家である平八重が同一研究プロジェクトの屋外実験で本実験に従事した。
②.同一研究プロジェクトで、屋内に続いて屋外で本実験を実施した時、植物病理学の専門家である平八重が両方のスタッフだった。
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結論
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同一研究プロジェクトの屋外で本実験に従事した平八重は屋内でも本実験に従事した。
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ⓑ上記原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
屋内外では接種方法が違い、屋外は植物病理学の豊富な経験に基づくノウハウが必要不可欠であることを理由に屋外では植物病理学の専門家の平八重が実験を実施した(平八重証言23頁)
(2)、原告の再反論
被告の上記反論は、「同一研究プロジェクトで、屋内と屋外の実験データの一貫性を保証するために同一人が実験を実施するのが通常である」という上記経験則に対する例外の経験則を主張するものである。そうだとすれば、この例外を首肯するに足りるだけの「合理的理由」が備わっていることが必要となる。
しかし、原告準備書面(16)第1、2(3~4頁)で詳述した通り(以下に再掲する)、本件には、例外を容認するだけの「合理的理由」は備わっていない。
《第1に、たとえ屋内外で接種方法が違ったとしても、実験結果の判定法つまり発病の評価は屋内外で同一である。平八重によれば、この発病の評価は《豊富な経験に基づく知識や経験がないとこれらを適切に行なうことができ》(乙16平八重陳述書9頁5~6行目)ないほど相当の専門性を必要とするデリケートな判定である。そうである以上、「実験データの一貫性を保証する」という重要課題の実現のためには、屋内外で、経験を積み習熟した同一人が実施するのが最も合理的である。本件において、それは平八重が実施することによって容易に可能である(甲64木暮意見書(3)8~9頁9)。
第2に、平八重は、接種の場面において植物病理学の豊富な経験に基づくノウハウの必要性をそれほど強調して自ら実施したことを認めるのであれば、発病の評価の場面についても《どのようなものを病斑とみなすのか、病斑の面積をどのように評価するのかなど、豊富な経験に基づく知識や経験がないとこれらを適切に行なうことができません》(乙16平八重陳述書9頁4~6行目)と認める平八重が、屋内実験の発病の評価についても自ら実施するのでなければ首尾一貫しない。従って、平八重の前記反論は苦し紛れの弁解と評されても仕方がない。》(以上、原告準備書面(16)第1、2(3~4頁))
ⓒ原判決
原判決は、上記経験則基づく原告主張に対する事実認定を失念した。この意味で判断脱漏である。
⑤.経験則5(植物病理学の専門家に基づく推論)
ⓐ原則を定めた経験則
項目
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具体的内容
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大前提
(経験則)
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特段の事情が認められない限り、植物病理学の専門家が植物病理学に関する実験に従事する。
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小前提
(具体的事実)
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平八重らは植物病理学の専門家である。
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結論
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平八重らは屋内で本実験に従事した。
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ⓑ上記原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
ア、平八重らは川田氏に実験材料を提供し、実験方法を指導しただけで、実験は実施していない(被告準備書面(6)2頁)。
イ、耐病性評価実験は植物病理学のノウハウが必要不可欠だが、本件では川田チームから出向いて教えを受けた(被告準備書面(11)5頁3)。
ウ、抗菌活性実験はマイクロプレートリーダーを使った実験で、分子生物学分野の一般的な実験であり、植物病理学の専門知識・ノウハウは不要である(被告準備書面(11)2~5頁2)。
エ、平八重らの専門は植物の耐病性と病原菌の病原性であって、抗菌活性は専門ではない(被告準備書面(10)5頁(4))。
(2)、原告の再反論
被告の上記反論は、「植物病理学の専門家が植物病理学に関する実験に従事するのが通常である」という上記経験則に対する例外の経験則を主張するものである。そうだとすれば、この例外を首肯するに足りるだけの「合理的理由」が備わっていることが必要となる。
しかし、②.経験則2ⓑ(2)、原告の再反論(16頁以下)で主張したのと同様、原告準備書面(16)第1、4及び5(9頁・11~12頁)で詳述した通り、本件には、例外を容認するだけの「合理的理由」は備わっていない。
ⓒ原判決
原判決は、平八重陳述書(乙16)及び平八重証言をそのまま採用して《マイクロプレートリーダーは、抗菌活性試験に限らず、生物学、化学、物理学など、科学一般に広く使用される汎用的な実験機器であり、当該磁器のマニュアルを参照すれば、植物病理学の専門家でなくとも適切に使用することは十分可能である。》と事実認定し、そこから、《本研究プロジェクトにおける抗菌活性実験に供されるべきいもち病菌の選択と提供には、植物病理学の専門家としての知識が必要であるが、いもち病菌の繁殖の程度の測定に使用する機器の操作や、実験の実技については、植物病理学の専門家でなくとも生物系の研究者であれば行うことができることが認められる。》(37~38頁)として、例外の経験則として「特段の事情」の存在を認めた。
しかし、ここでの問題はマイクロプレートリーダーの操作一般のことではなく、いもち病菌とディフェンシン蛋白質をどのような条件で接触させてディフェンシン蛋白質の抗菌活性を評価するかという具体的な実験の組み立てにある。これを決めない限り実際の実験を行なうことができないからである。すなわち《例えば、いもち病菌の濃度を当初どの程度に設定すればよいか、他方、ディフェンシンの濃度をそれに合わせてどの程度に設定するのが適当か、実験が数日に渡る場合には、その間の培養条件の設定、どのような結果が出た時点で実験を終了とするべきかという判断、実験データの整理と統計処理を使ったその判定等々をどのように決めたらよいのか》(甲64木暮意見書(3)3~4頁3)ということであり、それは《単にマイクロプレートリーダの操作が分かる者だからいってできることではありません。そのためには、いもち病菌等の植物病理学の専門知識、植物病理に関する経験に基づくノウハウが必要になります。つまり、抗菌活性実験も植物病理学の専門知識・ノウハウを備えた者が実施することが必要なのです。》(同上)。
従って、上記原則の例外を認めるためには、マイクロプレートリーダーを使った抗菌活性実験も植物病理学の専門知識・ノウハウを備えた者が実施することが必要であり、これを前提にした上で、さらに例外となる「特段の事情」を首肯するに足りるだけの「合理的理由」が備わっている必要がある。しかし、原判決はそのような検討を全くせずに上記経験則の例外を認めた。これが経験則違反ⓑタイプに該当する経験則違反の事実認定であることは言うまでもない。
(6)、経験則6(カビの専門家に基づく推論)
ⓐ原則を定めた経験則
項目
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具体的内容
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大前提
(経験則)
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屋外ならともかく屋内の研究施設内におけるカビの実験は植物病理学の専門家でないと、分子生物学の研究者も含めカビの素人では困難である。従って、特段の事情が認められない限り、植物病理学の専門家がカビに関する実験に従事する(その理由は原告準備書面(13)6~7頁・同(14)2~4頁。甲64木暮意見書(3)6~7頁4で詳述。分子生物学の有名な実験の手引書「Molecular
Cloning (Tom Maniatis ら)」にもカビの章はない)。
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小前提
(具体的事実)
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①.平八重らはカビの専門家である。
②.いもち病菌を使う本実験はカビに関する実験である。
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結論
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平八重らは屋内で本実験に従事した。
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ⓑ上記原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
なし。ただし、被告は否認すると原告から「否認の理由は?」と追及されるのを避けるため、沈黙している可能性が高く、被告の他の反論を総合すると、どうやら上記原告主張を認める積りはないようである。
(2)、原告の再反論
論文(乙19)中の、真菌(カビ)による本実験のやり方を解説した記述(被告が抄訳した部分)のうち「胞子2000個集めるやり方」、「菌糸片の切片の作り方」及び「所定の培養期間の評価」について、平八重は、証人尋問でその具体的なやり方を証言したが(証人平八重20~21頁)、その証言内容からも、木暮教授が《寒天培地を使って菌が胞子を作り易い条件を設定するとか、できた胞子を一定数集める、というような作業は細菌のみを扱う研究者は全くやらないことで、真菌の専門家、それもかなりその真菌に関する深い知識と経験を持った人でないとやれない》(甲64木暮意見書(3)7頁6)と指摘した通り、本実験は真菌(カビ)の専門家のみが適切になし得る実験である。
ⓒ原判決
原判決は、上記経験則基づく原告主張に対する事実認定を失念した。この意味で判断脱漏である。
(7)、経験則7(耐病性評価実験と抗菌活性実験の実験従事者の同一性に基づく推論)
ⓐ原則を定めた経験則
項目
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具体的内容
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大前提
(経験則)
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①.特段の事情が認められない限り、同一研究プロジェクトの屋内の耐病性評価実験と抗菌活性実験の実験従事者は同一である。
②.特段の事情が認められない限り、植物病理学の専門家が耐病性評価実験と抗菌活性実験の両方に従事する。
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小前提
(具体的事実)
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①中島及び平八重は植物病理学の専門家である。
②中島は本研究プロジェクトの屋内の耐病性評価実験に従事した。
③平八重は本研究プロジェクトの屋内の抗菌活性実験に従事した(経験則2による認定)。 |
結論
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中島及び平八重は本研究プロジェクトの屋内の耐病性評価実験と抗菌活性実験の両方に従事した。
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ⓑ上記原則を覆す例外である「特段の事情」を定めた経験則
(1)、上記原則の「大前提」に対する被告の反論
なし。
ⓒ原判決
原判決は、上記経験則基づく原告主張に対する事実認定を失念した。この意味で判断脱漏である。
3、参考図
以上述べた7つの経験則(以下の図では順番に①~⑦と略称した)の適用場面を本研究プロジェクトの本実験の全体の中で模式図的に示すと以下の通りである。ここでは矢印が前提から結論を導く推論の方向を示すものである。
4、小括
4、小括
以上から、原判決の上記事実認定はいずれも経験則に違反するものであることが明らかである。
第4、法律問題――法律要件該当性の判断が法律の解釈及び経験則の誤り――(一般論)
1、問題の所在
本件の法律問題の最大の争点は、本研究プロジェクトで作成された、実験の生データを記録したすべての文書いわゆる「実験ノート」が本法2条2項柱書の「当該独立行政法人等の役員又は職員が組織的に用いるもの」すわなち「組織共用文書」に該当するか否かであるところ、この点において、原判決は「組織共用文書」の解釈を誤り、なおかつ適用すべき具体的事実の認定において経験則を誤った。
以下、この点を明らかにする。
2、本法2条の「組織共用文書」と何か(一般論)
(1)、はじめに――「組織共用文書」の解釈の課題――
いかなる文書が組織共用文書に該当するかにつき、本法は個別具体的に詳細な規定(いわゆる北欧型)を設けず、解釈の余地の大きい漠然とした一般条項的な規定(本法2条2項柱書)にとどめた。そのため、その判断基準が曖昧になるおそれがある。そこで、恣意的な判断にならないように、要件の明確化が求められる。これが「組織共用文書」の解釈の第1の課題である。
(2)、「組織共用文書」の解釈の課題の解決
一般に 法律の要件の明確化のためには、当該条文の立法理由を検討し、その合理性を明らかにした上で、当該合理性が維持できるように当該条文の要件の明確化をめざすことである(我妻栄「民法案内Ⅰ・第5章私法の解釈」参照)。
本法2条2項柱書で「法人文書」を定義した目的は本法の開示請求の対象を画するためである。言うまでもなく、開示請求の対象をどこまで認めるかは情報公開の根幹に関わる最重要な問題である。従って、「法人文書」の定義の1つである「組織共用文書」もまた、本法の立法理由に関わる重要な意味を持つ。そこで、この一般条項的な「組織共用文書」の要件を明確にするためには、第1条で宣言された国民主権と説明責任を果たすという情報公開法の立法理由を踏まえて、これに相応しい解釈を導く必要がある。
国民主権に由来し、行政の活動について行政府に国民に対する説明責任を果させるという情報公開制度の立法理由に照らしたとき、「組織共用文書」とは独立行政法人等の職員の職務に対する説明責任を果すため、国民に公開される対象を画するものであるから、それは職員が職務に際して、組織において業務上必要なものとして作成又は取得した文書のうち、説明責任を果す必要がないと例外的に認められる場合、すなわち専ら、作成または取得に関与した職員個人の職務の遂行の便宜のためにのみ利用する「個人的メモ」の類を除外する趣旨のものと解すべきである。言い換えれば、この「個人的メモ」の類という例外事由に該当しない限り、職員により業務上必要なものとして作成された文書はすべて「組織共用文書」に該当すると解するのが情報公開制度の立法理由からの帰結として相応しいものである(総務省行政管理局編「詳解情報公開法」(以下、詳解と略称)・宇賀克也『新・情報公開法の逐条解説』も同趣旨)。
そして、この目的論的解釈から、以下のことが導かれる。
(3)、「組織共用文書」の類型化
「組織共用文書」のような一般条項的な規定の解釈では、要件の明確化のために類型化の試みが必要となる(四宮和夫「民法総則(第5版)」230頁以下参照)。以下、本件法律問題の解決にとって必要な限りで、国民主権に由来し、行政の活動について行政府に国民に対する説明責任を果させるという情報公開制度の立法理由を踏まえて、これに相応しい「組織共用文書」の類型化を試みる。
ア、文書作成の目的
職員が職員個人の目的(研究・備忘・起案など)ではなく、組織の職務遂行の目的(共同研究・決済文書作成など)のために作成する場合、作成された文書は、通常、組織において業務上必要なものとして利用又は保存される。すなわち「組織共用文書」に該当する。
イ、文書に記録される情報の性格
組織の職員が業務上必要なものとして文書を作成する場合、当該文書に記録された情報が当該「法人に帰属」するとは限らないが(むしろ帰属しないのが通常である)、このうち組織で研究開発された最新技術情報やノウハウのように、文書に記録される情報が当該「法人に帰属」するという財産的な価値を帯びる場合、このような財産的な価値を有する情報を記録した文書は、通常、組織において業務上必要なものとして利用又は保存される。すなわち「組織共用文書」に該当する。
ウ、
文書利用の実態
文書が一度でも、組織において業務上必要なものとして利用された事実がある場合、当該文書は、通常、組織において業務上必要なものとして利用されたものと解される。すなわち「組織共用文書」に該当する。
エ、文書利用の状況と、文書の作成又は取得の状況や保存又は廃棄の状況の関係
文理解釈からすれば、本法2条2項柱書の職員等が「組織的に用いるもの」とは「組織において、業務上必要なものとして利用するもの」と解することができる。従って、このような利用の事実が認められればこれだけで「組織共用文書」に該当する。この意味で、当該文書の利用の状況は「組織共用文書」の該当性を最も直接的に判断する要件である。
ところで、本法は、独立行政法人等の職員の職務に対する説明責任を果すという立法理由を踏まえて、いわば拡張解釈をして、たとえ開示請求の時点でまだ「組織において、業務上必要なものとして利用」した事実がなくとも、将来の利用に備えて「組織において、業務上必要なものとして保存されている」(下線は原告代理人)事実があればなお「組織共用文書」に該当するとした。そこで、この場合、いかなる具体的な事実があれば「組織共用文書」に該当するかという問題が生じる。そのために、文書利用の周辺に関わる事実として、文書の作成又は取得の状況や保存又は廃棄の状況などを総合して「組織において、業務上必要なものとして保存されている」(下線は原告代理人)と解することができるかを判断することにしたのである。
以上から、「組織共用文書」の該当性の判断として、
以上から、「組織共用文書」の該当性の判断として、
第1に、「組織において、業務上必要なものとして利用」した事実が認められる場合には、そこから直ちに、「組織共用文書」が肯定される。
第2に、この文書利用の事実が認められない場合でも、「組織において、業務上必要なものとして保存」している事実が認められる場合には、なお「組織共用文書」が肯定されるので、この場合には、文書の作成又は取得の状況や保存又は廃棄の状況などを総合して判断することになる。
第2に、この文書利用の事実が認められない場合でも、「組織において、業務上必要なものとして保存」している事実が認められる場合には、なお「組織共用文書」が肯定されるので、この場合には、文書の作成又は取得の状況や保存又は廃棄の状況などを総合して判断することになる。
(4)、詳解の解釈について
詳解(24頁)によれば、作成又は取得された文書が「組織共用文書」か否かの判断は、
①.文書の作成又は取得の状況(職員個人の便宜のためにのみ作成又は取得するものであるかどうか、直接的又は間接的に当該行政機関の長等の管理監督者の指示等の関与があったものであるかどうか)、
②.当該文書の利用の状況(業務上必要として他の職員又は部外に配付されたものであるかどうか、他の職員がその職務上利用しているものであるかどうか)、
③.保存又は廃棄の状況(専ら当該職員の判断で処理できる性質の文書であるかどうか、組織として管理している職員共用の保存場所で保存されているものであるかどうか)
等を総合的に考慮して実質的な判断を行うとされているが、この「実質的な判断」とは具体的には上記(3)の解釈を意味すると解すべきである。
(5)、実験ノートを見ながら討議する頻度といった「文書利用の頻度」は「組織共用文書」の判断に影響を及ぼすか
実験ノートを見ながら討議する頻度といった「文書利用の頻度」は本法2条の「組織共用文書」の判断に影響を及ぼすかどうかという問題に対して、結論として、文書利用の頻度は「組織共用文書」の判断に影響を及ぼさない。なぜなら、行政の活動について行政府に国民に対する説明責任を果させるという前記の情報公開制度の立法理由に照らしたとき、文書利用の頻度によって説明責任の有無に影響を及ぼさないことは言うまでもないからである。また、詳解によれば、「組織共用文書」とは《当該行政機関の組織において、業務上必要なものとして、利用又は保存されている状態のものを意味する》(24頁1~2行目。下線は原告代理人)。従って、当該文書が「業務上必要なものとして、利用」されている場合はもちろんのこと、たとえ「業務上必要なものとして、利用」されてなくても、当該文書が「業務上必要なものとして、保存」されている限り「組織共用文書」である。従って、当該文書が「業務上必要なものとして、『通常』利用されるのか、それとも『たまに』利用されるのか」といった利用の頻度は組織共用文書の判断にとって無関係である。
(6)、研究組織の実験ノートの管理に関するルールの制定は「組織共用文書」の判断に影響を及ぼすか
第3に、実験ノートの管理に関してもともと統一的なルールがあった訳ではなく、昨今、大学や独立行政法人などの研究組織でルールを定めるところが増え、管理の仕方も統一されてきたが、問題はかようなルールの制定が「組織共用文書」の判断に影響を及ぼすかである。結論として、上記ルールの制定は「組織共用文書」の判断に影響を及ぼさない。なぜなら、上記ルールの制定は主に作成した実験ノートの管理を統一したものであって、この制定により、「職員個人の研究ではなく、組織の共同研究を円滑に進めるため」という実験ノートの作成目的及び「組織において業務上必要なものとして、利用又は保存」という実験ノートの利用目的の基本的性格に変化はなく、従って、実験ノートが「組織共用文書」である点は上記ルールの制定によって影響はないからである。
以上の「組織共用文書」該当性の一般論を踏まえて、以下、本件に即して「組織共用文書」該当性を明らかにする。
第5、法律問題――法律要件該当性の判断が法律の解釈及び経験則の誤り――(具体論)
1、本件における実験ノートの「組織共用文書」該当性の判断
本件において、大島作成の実験ノートは「組織共用文書」に該当するか。結論として該当する。なぜなら、以下に詳述するように、大島作成の実験ノートは共同研究者間において利用されており、それゆえ「組織において、業務上必要なものとして利用」したという事実が認められるからであり、この利用の事実が認められる以上、第4、2、(3)エで前述した通り、特段の事情がない限り、これ以外に文書の作成又は取得の状況や保存又は廃棄の状況などの事実を検討するまでもなく、ここから直ちに「組織共用文書」を肯定してよいからである。
共同研究者間において実験ノートを利用している事実は、大島自身の陳述書(乙10)でも、その証人尋問でも、次の通り認めている。
ⓐ.陳述書(乙10)
共同研究者間において実験ノートを利用している事実は、大島自身の陳述書(乙10)でも、その証人尋問でも、次の通り認めている。
ⓐ.陳述書(乙10)
《研究室内部で報告や議論をする際には、データを見やすい形に整理した図表等を作成させ、それに基づいて打ち合わせを行っておりました。その過程で実験条件等を更に詳しく知りたいときは口頭での補足を求めたり、記録の一部を見ることはしました》(乙10大島陳述書5頁(3)。下線は原告代理人)。
ⓑ.証人尋問
大島陳述書(乙10)の上記内容について、大島の証人尋問で確認したところ、
《そこに書いてあることに間違いはありません》(証人大島17頁下から2行目~18頁4行目)
と証言した。それに続けて、「『記録の一部を見る』というのは、実験条件や実験の生データが記録されている文書を見るということではないか」という質問に対し、
《そういう場合にいろいろな資料を見ることは当然ございます》(証人大島18頁16~17行目)
と証言したので、さらに「実験条件や実験の生データが記録されている文書を見ることもあるか」という質問に対し、
《はい》(証人大島18頁下から7行目)
と証言した。
「共同研究の過程で、実験結果が、それまでの実験データと矛盾したり、想定した実験結果と食い違ったり、それまでの考えでは説明ができない現象が起きることはあるのか」という質問に対し、
《研究ですから恐らくそういったようなことは、まま起こることです》(証人大島12頁4行目)
と証言し、続いて、「その場合、その原因を考え、対策を立てる必要があるのではないか」という質問に対し、
《研究ですから恐らくそういったようなことは、まま起こることです》(証人大島12頁4行目)
と証言し、続いて、「その場合、その原因を考え、対策を立てる必要があるのではないか」という質問に対し、
《当然です》(同上同頁7行目)
と証言したので、さらに、「そこで、そのために、実際の実験条件や実験の生データを直接見ながら、その実験を担当した者に説明を求めたり、共同研究者間で討議することがあるのではないか」という質問に対し、
《場合によってはそういうことももちろんあったかと思います》(同上同頁11行目)
と証言した。これに続いて、「実験直後ではなく、少し後になってから実験条件や実験の生データを直接見ないと分からない場合には、それらを記録してある実験ノートを見ることがあるのではないか」という質問に対し、次の通り証言した。
《特に生データを見る必要がない場合には見ません。必要があれば見たかもしれません》(証人大島13頁1~2行目)
また、正規の職員と非正規の契約職員との区別に関連して、「正規の職員について、実験条件や実験の生データを直接見ながら、大島が説明を求めたり討議することがあるのではないか」という質問に対し、次の通り証言した。
《生データを見せていただいて議論することはあります》(証人大島14頁下から7行目)
後記(イ)に述べる前訴の川田元滋氏(以下、川田氏という)の証人尋問の問答(「同じ研究室で、共同研究のスタッフ同士で実験ノートを見せ合うか」という質問に対し、それを認める証言をした)を読み上げ、「川田のこの証言は、大島研グループでも同様のことがあったのではないか」という質問に対し、
《それは同じ部屋にいますから、あったと思います》(証人大島18頁下から6行目~19頁10行目)
と証言した。
後記(ウ)に述べる木暮教授の意見書(甲6)の記述(結果に疑問や不合理な点が出てきた場合には、実際に生データが記録された文書を直接参照する)を読み上げ、「大島研グループでも同様のことがあり得ますか」という質問に対し、
《それは、議論の素材になるデータがなければ議論そのものができませんから、そういったものを見せていただくことは当然あり得ます》(証人大島21頁5~6行目)
と証言した。
(イ)、前訴の川田証人尋問
同様に、川田も、前訴の証人尋問でこれを肯定した。すなわち、
「共同研究者同士で、生データを記録した実験ノートを見せ合うことはあるのか?」という裁判官の質問に対し、
《あったかと思います。なぜかというとこういう実験がうまくいかないんですがという、その技術的な相談をするときに、そういうやり取りは実際あると思います。》(甲16証人川田22頁下から7~4行目)
と証言し、さらに、「あなたのほうから実験スタッフに、スタッフの方が自らデータとかを示さない場合に、こういうデータはどうなっているかということで、示してもらうこともあり得るのか」という裁判官の質問に対し、
《もちろんあり得ます》(甲16証人川田23頁)
と証言した。
(ウ)、研究者一般の見解
一般にもこれが肯定されている。
《通常、その生データからその数字をパソコンに打ち込んで図表を作るのが一般的ですが、そこで結果に疑問や不合理な点が出てきた場合には、まず生データの記録を参照するのが普通です。経験を持つ上司が生データを実際に見ることにより間違いを発見したり、そもそもデータが信頼できるものかどうかを判定することが可能になるからです。》(甲6木暮意見書4頁1~6行目)
《川田氏の研究グループにもテクニシャンがいたことは、陳述書に「1999年から、・・・4名(5年間で述べ10名)の重点研究支援員が雇用され、このうちの一部の者を指導して研究を進めさせました」(2頁2(3))と書いてあることから明らかです。甲19号証の書面(1~2頁)に、重点研究支援員の氏名と専門と派遣期間が書いてあります。この重点研究支援員とはテクニシャンのことです。近年の大型プロジェクトではその構成員の何割かがテクニシャンであることが普通なので、人数構成からも妥当でしょう。したがって、彼らが作成した実験ノートについて、川田氏も当然、私が行ったような活用をおこなっていたと推察します。テクニシャンの彼らが作成した実験ノートについて、“各研究者間で共同使用していたということもありません”というのはあり得ないのです。》(甲7木暮意見書(2) 7頁ラスト)
《研究プロジェクトのメンバー同士、研究指導者とメンバー間で共同研究の報告・検討をする際、一番大事なのは、実験条件やデータを記録した実験ノートやパソコンを前に置きながら、そのデータが適切に得られたものなのか、そのデータをどう解釈しうるのか、そもそも信頼できるものなのか、問題点があるとすればどこにあるのか、次に何を行うべきか、データの表記法はどうすべきか、などについて様々な議論を戦わせることです。このとき、実験条件やデータを口頭のやりとりだけで行うということは考えられません。とくに、次のような場合、実験ノートに記録された生データを見ながら議論することが不可欠です。
①.或る実験結果についてそれまでの実験データと矛盾した場合
②.或る実験結果が想定した実験結果と食い違ったり、それまでの考えでは説明ができない特異な現象が発生した場合
③.報告者の説明が不十分で納得することができない場合
②.或る実験結果が想定した実験結果と食い違ったり、それまでの考えでは説明ができない特異な現象が発生した場合
③.報告者の説明が不十分で納得することができない場合
このような場合、経験を持つ上司や共同研究者が実験ノートに記録された生データを実際に見る(その場合、(1)、実験ノートを直接見るやりかたと(2)、実験ノートの該当箇所を複写したコピーを渡して見るやり方があります)ことにより間違いを発見したり、そもそもデータが信頼できるものかどうかを判定することも可能になるからです。共同研究者の間では、生データを実際に見たいと言われたら実験ノートを見せて相手の知見を得たり、意見を求める作業もします。》(甲64木暮意見書(3)5頁6~25行目)
2、原判決の法的判断の誤り
ところが、原判決は、次の通り、「組織共用文書」の解釈を誤り、なおかつ適用すべき具体的事実の認定において経験則を誤った。
(1)、「文書利用の頻度」の点
原判決は、利用の頻度が《場合によっては実験記録を見たりすることもあったが、一月に1度あるかないかの程度であった》(46頁3~5行目)《他人に対して見せる頻度は低いものであった》(51頁10~11行目)ことを理由にして、《議論の段階で他人に対して見せることがあるとしても、そのことから直ちに、組織としての共用文書の実質を有すると評価することは相当ではないというべきである。》(51頁14~16行目)と、利用の頻度が低いことは「組織共用文書」の判断にとってマイナス(障害)となる事実として評価した。しかし、第1に、前記第4、2、(5)で述べた通り、文書利用の頻度は「組織共用文書」の判断に影響を及ぼさない。のみならず、前記第4、2、(2)エで述べた通り、頻度にかかわらずいやしくも一度でも文書利用の事実さえ認められれば、これだけで「組織共用文書」に該当する。この点で、原判決は「組織共用文書」の解釈を誤ったことが明らかである。
(2)、実験ノートの管理に関するルールの制定の点
原判決は、被告が平成24年4月、「実験ノートの導入について」と題する実験ノートの管理に関する通知(甲30.以下、本件ルールという)が出された事実を取り上げ、本件ルー制定以前に作成された実験ノートは「組織共用文書」に該当しないと判断した(52頁エ))。しかし、前記2、(5)で述べた通り、本件ルールによっても、それ以前の「職員個人の研究ではなく、組織の共同研究を円滑に進めるため」という被告の実験ノートの作成目的及び「組織において業務上必要なものとして、利用又は保存」という被告の実験ノートの利用目的の基本的性格に変化はなく、従って、被告の実験ノートが「組織共用文書」である点は本件ルールの制定によって影響はない。すなわち、本件ルール制定以前から被告の実験ノートは「組織共用文書」に該当している。この点で、原判決は「組織共用文書」の解釈を誤ったことが明らかである。
(3)、文書作成の状況(組織の共同研究)に基づく推論1
文書作成の状況について、次の事実は被告も争いがない。
「実験ノート作成の契機は、職員個人の研究ではなく、組織の共同研究で実施される実験においてである」
そこで、この事実を小前提として、次の経験則を大前提として適用すると、以下の事実が推論できる。
項目
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具体的内容
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大前提
(経験則)
|
文書作成の契機が「職員個人の研究ではなく、組織の共同研究である」とき、その文書作成の目的も「職員個人の研究ではなく、組織の共同研究のためである」というのが通常。
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小前提
(具体的事実)
|
実験ノート作成の契機は、職員個人の研究ではなく、組織の共同研究で実施される実験においてである
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結論
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組織の共同研究という場を契機にして、共同研究の実験で得られた実験データを実験ノートに記録する目的は、特段の事情がない限り、職員個人の研究のためではなく、組織の共同研究のためである。
|
ところが、原判決は、一方で、大島作成の実験ノートは大島個人の研究ではなく、組織(被告)の共同研究で実施された実験の生データを記録した文書であることを認定しながら、他方で、実験ノートの作成目的について、証人大島の証言をそのまま採用して、《大島個人の備忘のためと自身が行った実験の正確性、再現性を担保するために作成したものである》(48頁イ)と認定して、そこから、これを判断要素の1つにして大島作成の実験ノートは「組織共用文書」に該当しないと判断した。しかし、もともと大島個人の研究ではなく、大島が所属する被告組織の共同研究の場で実施された実験(それゆえ、大島個人の実験ではないのに、そ)の生データを記録した実験ノートの作成目的がなにゆえ「組織の共同研究のため」ではなく、「大島個人の備忘のため」のものと解しうるのか、本来、原判決はこの経験則と異なる事実認定を首肯するに足りるだけの「合理的理由」の存在を明らかにする必要があるところ、積極的にただの一言も吟味検討しないまま、上記経験則と異なる事実を認定した。これが経験則違反ⓐタイプに該当する経験則違反の事実認定であることは言うまでもない。
(4)、文書作成の状況(文書に記録される情報の性格)に基づく推論2
文書作成の状況について、文書に記録される情報の性格という次の事実もまた被告も争いがない。
「本実験の生データという情報は被告に帰属する」
そこで、この事実を小前提として、次の経験則を大前提として適用すると、以下の事実が推論できる。
項目
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具体的内容
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大前提
(経験則)
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①.情報とその媒体である文書とは不可分一体ともいうべき緊密な関係にある。
②.組織で研究開発された最新技術情報やノウハウは当該「組織に帰属」し、最新技術情報やノウハウを記録した文書は、当該組織において業務上必要なものとして作成または保存される。 |
小前提
(具体的事実)
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本実験の生データという情報は被告に帰属する。
|
結論
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①.特段の事情がない限り、本実験の生データ等を記録した媒体である本実験ノートも、職員個人の私的財産ではなく、被告に帰属し、被告の財産である。
②.本実験の生データを記録した文書は、組織において業務上必要なものとして作成または保存される。
|
ところが、原判決は、一方で、本実験の生データという情報は職員個人ではなく被告に帰属すると認定し、なおかつ、生データを記録した実験ノートが被告に帰属することも敢えて否定しなかったにもかかわらず、他方で、以下のように判示して、実験ノートの「組織共用文書」該当性を否定した。
《独立行政法人等の職員が組織的に用いるものに当たるかどうかは、その文書の内容の帰属先のみで決せられるべきものではなく、それが記載された文書について、その作成又は取得の状況、利用の状況及び保存又は廃棄の状況等を通じて総合的に判断されるべきことは上記(1)のとおりであるところ、上記の各状況を勘案すれば、本件各実験ノート等自体は、組織としての共用文書の実質を有するということはできないことは上記イで判示したとおりである。》(50頁下から4行目~51頁3行目)
しかし、上記大前提にあたる経験則①に従い、「本実験ノートが職員個人の私的財産ではなく、被告に帰属し、被告の財産である。」と認められたとき、これと前記(3)の「職員個人の研究のためではなく、組織の共同研究のためである」という本実験ノートの作成目的と考え合わせたとき、特段の事情がない限り(つまり「個人的メモ」の類という例外事由に該当しない限り)、本実験ノートは職員により業務上必要なものとして作成された文書と推論すべきである。また、上記大前提にあたる経験則②によれば、実験データと同様、当該「法人に帰属」するとされる、組織で研究開発された最新技術情報やノウハウにおいては、これらを記録した文書が、組織において業務上必要なものとして作成または保存されるものであることから、実験データを記録した文書(実験ノート)も同様なものと推論すべきである。
しかるに、原判決は、これらの経験則に則った解釈を取らず、漫然と《その作成又は取得の状況、利用の状況及び保存又は廃棄の状況等を通じて総合的に判断されるべき》[10](50頁下から2~1行目)として、この経験則を無視した判断を行った。この点で、原判決は「組織共用文書」の解釈を誤ったことが明らかである。
4、小括
以上から、原判決は「組織共用文書」の解釈を誤り、なおかつ適用すべき具体的事実の認定において経験則を誤ったことが明らかである。
第5、手続法違反――釈明義務違反――
本件の事実認定の最大の争点である「平八重らが本実験に従事したか否か」はもともと原告が進んで主張したものではなく、原審において裁判所が本実験の実験ノートの作成者を特定するよう原告に指示したためである。原告にとって最大の関心事は本実験の実験ノートに記録されている実験の生データの開示であって、誰がその実験ノートの作成者であるかはどうでもよいことであった。しかし、裁判所の指示に従い、原告は平八重らを作成者として特定した。しかるに、被告はこれを否認したため、本研究プロジェクトの内情を知り得る立場にない原告に負担の重い立証責任が課せられ、裁判所はその証明がないとして原告請求を斥けた。しかし、もともと、被告は、本研究プロジェクトにおいて本実験を実施し、本実験で実験ノートを作成したことまでは認めていたのである。だから、本来なら、被告もその作成を自白する本実験の実験ノートについて「組織共用文書」の検討からスタートすればよかったのである。それを、裁判所が介入して、「組織共用文書」以前の論点として、わざわざ実験ノートの作成者という新たな事実問題を作り出し、それについて原告の証明不成功を理由に、「組織共用文書」の検討以前の段階で原告請求を斥けたのである。それは不合理、というより不条理な裁判手続と言わざるを得ない。
2、本裁判手続の不合理性
では、上記裁判手続はいかなる意味で不合理、不条理か。
本来「組織共用文書」の論点から審理をスタートすべきであった本件を、裁判所は、実験ノートの作成者が誰かという事案解明に関心を抱き、わざわざ論点に前に戻して、本研究プロジェクトの内情を知り得る立場にない原告に、実験ノートの作成者についての立証責任を課した。それゆえ、もし原告がこの残忍酷薄な証明に成功しなかったと裁判所が心証形成するに至った暁には、もともと事案解明の関心から自らこの問題を取り上げた裁判所は、そこで審理終結せず、本研究プロジェクトの内情を知り尽くしている被告に対し、この事案解明を果すために釈明権を行使する責務があった。その責務を果さずに、原告の証明不成功を理由に、漫然と審理を終結し、原告請求を斥けたのは、釈明権不行使の著しく不当な場合に該当し、著しく不公平な裁判と言わざるを得ない。なぜなら、裁判所がやったことは次のことを意味するからである。すなわち、もとはと言えば、原告が被告に対して本研究プロジェクトの実験ノートの開示請求をした理由は、原告は本研究プロジェクトの内情を知り得る立場にいない市民として、税金を使って実施される独立行政法人の研究の内情を知りたいと思い、研究の成果等について説明責任を負っている被告に開示請求したものである。ところが、被告の不開示決定に対する取消訴訟の過程において、当該取消が認められるためには、誰が本件実験の実施者かといった、被告の研究の内情を知り得る立場にいる者でなければとうてい証明不可能な証明責任を原告に課すことは、あたかも開示請求が認められ、開示情報を手に入れて初めて証明できる情報を事前に要求されるようなものである。これでは、研究の内情が分からないから、知りたいから情報公開制度を利用しようとする者に対して、研究の内情を知らない者には、情報公開制度を利用する資格なしと言わんばかりの本末転倒の態度であり、この意味で、本裁判手続は情報公開制度をあってなきがごとき幻の制度に貶めているものと言わざるを得ないからである。
3、小括
以上の通り、「平八重らが本実験に従事したか否か」という事実問題で、原告の立証が成功しなかったと裁判所が心証形成するに至ったあとに、裁判所が被告に対して、本実験に従事した者が誰かを明らかにするように釈明する責務を負っていると言うべきであり、これをしなかったことは釈明権不行使の著しく不当な場合に該当すると言わざるを得ない。
第6、結語
以上の通り、原判決の誤りは明らかであり、取消しを免れない。
以 上
(別紙)
請 求 文 書 目 録
本件情報公開請求日までの、ディフェンシン遺伝子を導入した組換えイネについての下記の実験に関するすべての情報を含んだ、いずれの記録媒体かのいかんを問わずアナログデータ及びデジタルデータの全体。
記
1、
1998年より開始されたディフェンシン遺伝子を導入した組換えイネ系統の開発(作成、調製、作出を含む)及びその検証に関する実験
2、
上記ディフェンシン遺伝子を導入した組換えイネの要素技術(緑色組織特異的発現プロモーター、キャベツ・ディフェンシン遺伝子、コマツナ・ディフェンシン遺伝子及びカラシナ・ディフェンシン遺伝子を含む)の開発に関する実験
3、
別紙論文「抗菌蛋白質ディフェンシンの多様な機能特性」で紹介された研究(233頁左段の「ディフェンシン、抗生物質および農薬の有効成分を用いて耐性菌の出現頻度の比較解析研究」を含む)に関する実験
以下にその例を挙げるが、これに限らない。
(1)、下記の作成者によるすべての実験ノート、或いは実験野帳、フィールドノート、実験記録、実験日誌、研究ノート。ラボノート。ラボラトリー記録、業務日誌、実験ファイル、実験ホルダーなどその他名称のいかんを問わず実験の生データ(raw data)を記録したすべての書類(アナログデータ及びデジタルデータ)。
記
ア、川田元滋 氏
イ、大島正弘 氏
エ、平八重一之 氏
(2)、すべてのレジメ、レポート、報告書などその他名称のいかんを問わず実験内容を検討し或いは報告するために作成したすべての書類(アナログデータ及びデジタルデータ)
(3)、外部に抗体など試料作成を委託したときに作成したすべての書類(依頼書。依頼先、依頼内容を記した書類。依頼先に渡した抗原の情報を記載した書類など)
以 上
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