2020年9月3日木曜日

【お知らせ】2019年10月から2020年2月21日までの裁判の報告

昨年秋の報告が遅れているうちに、私たちが15年前に危惧し、イエローカードを出していたたディフェンシン耐性菌のウイルス版とも言うべき、コロナ騒ぎが始まり、さらに報告が遅れてしまい、失礼しました。
先日、裁判の準備がひと区切りつきましたので、この間の流れを報告します。
以下は、報告1で、 2019年10月から2020年2月21日までの裁判の報告。

1、 第1回の弁論期日は裁判所により取り消され、1月15日に変更。
 理由は単純で、被告がペラ1枚の答弁書(こちら)しか出さず、なおかつ当日欠席すると連絡してきたので、裁判所が(こんな無意味な弁論をしてもしょうがないと)弁論期日を取り消し、被告に実質的な答弁をしなさいと再度、日程を入れたからです。

2、2019年12月4日、被告の実質的答弁である準備書面(1)(こちら)と書証(乙1~9号証)(証拠説明書はこちら)が出ました。

3、2020年1月15日、第一回弁論。次回までに、原告が被告準備書面(1)に対する反論を準備。

4、2020年2月21日、 被告準備書面(1)に対する反論として、以下の原告準備書面(1)(PDFは->こちら)と書証(甲5~25号証)を提出(その証拠説明書は末尾に。PDFはー>こちら)。

         *************** 

令和元年(行ウ)第424号 法人文書不開示処分取消請求事件     
原  告  大庭 有二
被  告  国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構

原告準備書面 (1)
2020年 21
 東京地方裁判所民事第3部A1係  御中

原告訴訟代理人 弁護士  古 本  晴 英

同        弁護士  柳原 敏

                          同       弁護士  神 山  美智

同       弁護士  船  江   理  佳

 本書面は原告主張の骨格を述べたものであり、今後、必要に応じて補充する予定である。
なお念のため、冒頭で、本訴の原告書面で使用する「実験ノート」を定義しておく(先行の類似訴訟以来、一貫して同一の定義で用いている)。実験ノートとは「実験ノート、或いは実験野帳、フィールドノート、実験記録、実験日誌、研究ノート、ラボノート、ラボラトリー記録、業務日誌、実験ファイル、実験ホルダーなどその他名称のいかんを問わず実験により得られた生データ(raw data)及び実験条件を記録したすべての書類(アナログデータ及びデジタルデータ)」(訴状別紙請求文書目録1参照)という意味である。
目  次

そもそも類似訴訟原告のレペタ・ローレンス氏(以下、類似訴訟原告という)及び原告(以上の2名を総称して以下、原告らという)が2007年以来、被告に対しくり返し開示請求を行なってきた最大の動機は、被告が1998年から行ったディフェンシン遺伝子を導入した遺伝子組み換えイネ(稲)の開発及び栽培の研究プロジェクト(以下、本研究プロジェクトという)の中で発生するディフェンシン耐性菌問題(以下、本件耐性菌問題という)を懸念したからである。すなわち、
もともと本研究プロジェクトは、遺伝子組換え技術を使って、ディフェンシンという抗菌タンパク質をイネに常時作らせ、それによって複数の病気に負けない強いイネつまり耐病性イネに改造しようというものである(甲5記者発表資料参照)。
ところが、遺伝子組換えイネに抗菌タンパク質(ディフェンシン)を常時作らせる結果、ディフェンシンでも死なない耐性菌が出現し、このディフェンシン耐性菌が従来の抗生物質・農薬の耐性菌とくらべ桁違いの危険性を持つものであること(ディフェンシンはヒトをはじめ沢山の生物が生体防御のために作っているため、ディフェンシン耐性菌がディフェンシンによる生体防御を無効にし、人類の健康被害と地球環境に深刻な事態をもたらす恐れがあること)が耐性菌の権威の研究者たちやNatureから指摘された(甲6順天堂大学教授〔当時〕平松啓一氏の意見書。甲7NatureNewsオンライン版。その桁違いの危険性を指摘した2006年作成の木暮一啓東京大学教授の意見書(2)6頁〔別紙1〕)。
しかも、本研究プロジェクトのリーダーである川田元滋氏自身もディフェンシン耐性菌が出現することを認識していて、その出現頻度について、抗生物質と農薬に対する耐性菌との比較解析研究を進めていると明言していた(乙1。233頁左段3436行目)。
しかし、2005年、住民から本研究プロジェクトの野外実験の中止を求める裁判(以下、イネ裁判という)が起こされると、処分庁(本訴被告)はイネ裁判の中で態度を一転させ、ディフェンシン耐性菌の出現の余地は科学的にないと全面的に開き直った(別紙2.2005年6月28日付答弁書12頁)。しかし、実際には、本研究プロジェクトの中でディフェンシン耐性菌に関する様々な実験を行なっていたのであり(耐性菌問題は耐病性作物開発の最大の課題であるから、こうした実験は普通のことにすぎない)、そのデータを実験ノートに記録していたのである。
従って、人類の健康被害と地球環境に深刻な事態をもたらす恐れがあるディフェンシン耐性菌の出現に関する実験データや研究の状況について、原告らにはこれを知る権利があり、よって、2007年以来、くり返し上記実験データが記録されている実験ノートの開示請求を行なってきたものである。

2、第三次訴訟までの道のりの理由
 2007年以来、原告らの開示請求及びこれに対する被告の不開示決定をめぐり本訴(第三次訴訟)まで延々と続くことになった最大の理由は――被告が、2007年12月13日の類似訴訟原告による本研究プロジェクトで実施された実験の実験ノート等の開示請求(以下、第一次開示請求という)に対し、決定期間を延長し慎重に検討した結果、2008年2月12日、実験ノートは「法人文書」と認めた上で、独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(以下、法という)5条4号ニ、ホの不開示事由該当を理由に全部不開示処分を下したにもかかわらず(甲8開示決定処分の法人文書3)、その後、異議申立手続の諮問理由説明書の中で態度を一転させ、実験ノートは「法人文書」に該当しないと主張、以後、この主張に固執したためである。のちに、2014年のSTAP細胞事件の理化学研究所や山中伸弥教授論文疑惑事件の京都大学が実験ノートを「法人文書」と認めたように(甲9実験ノートに関する理化学研究所の2014年5月19日付不開示決定処分。同10実験ノートに関する京都大学の2015年4月21日付開示決定処分)、被告もこのとき当初の態度を堅持しておれば時代の先端を行くことができたのであるが、本研究プロジェクトで実施した実験の生データが開示されることに対する極度の恐怖心からか、開示請求に対する最大の防御のために、時代錯誤を承知で「法人文書」否定論者に転向してしまったのである。

3、本訴の課題とその解決方針

第一次開示請求に対する実験ノートの全部不開示処分等の取消を求めて、類似訴訟原告は2012年6月5日、提訴したが第一次訴訟)、裁判所が、開示請求書の文言を理由に、本研究プロジェクトのうち一部(遺伝子組み換え稲の「栽培」そのもの)の実験についてしか審理の対象にしなかったため、類似訴訟原告は改めて、2013年10月8日、被告に対し、本研究プロジェクトの遺伝子組み換えイネの「開発」で実施された実験の実験ノートの開示を請求したところ(以下、第二次開示請求という)、被告は同じく、実験ノートは「法人文書」に該当しないと全部不開示処分をおこなった。そこで、類似訴訟原告は全部不開示処分の取消を求めて提訴したが(第二次訴訟)、裁判所の訴訟指揮により、「開発」で実施された実験の内容と当該実験の実験ノート作成者を特定することとなり、熟慮の末、類似訴訟原告は「抗菌活性実験[1]及び耐病性評価実験[2]」(この2つの実験を総称して、以下、病害抵抗評価実験という)を実施し実験ノートを作成したのは被告職員で植物病理学専門の平八重一之氏及び園田亮一氏であると特定したところ、被告は「両名は病害抵抗評価実験を実施していない。病害抵抗評価実験を実施した者が誰かであるかも明らかにしない」(2015年12月3日付準備書面(5)、2016年5月11日付準備書面(6))と全面的に争う態度に出たため、侃々諤々の審理の末、判決において被告主張が認められ、病害抵抗評価実験で作成された実験ノートの「法人文書」該当性はついに判断されないまま確定した。
そこで、原告は、病害抵抗評価実験の実施者を特定せず(特定すれば、被告が「当該人物は病害抵抗評価実験を実施していない」と主張するのが明白だったので)、病害抵抗評価実験の内容から開示対象文書を特定することとし、2019年8月21日、本訴(第三次訴訟)を提訴するに至った。
これにより本訴は第二次訴訟の不毛な反復を回避することが可能となった反面、新たな課題を抱えることになった。それが病害抵抗評価実験の実施者を特定しないまま、病害抵抗評価実験の実験ノート(以下、本実験ノートという)に対して「組織的に用いるもの」か否かの判断の基礎となる事実(以下、本件事実という)をどうやって認定するのかという問題である。
 この点について、原告は、結論として(その理由は第3、3で後述する)、本件事実の主張レベルと立証レベルの両面において以下のように考えることにより問題の解決が可能であると思料する。
①.本件事実の主張レベル
 ここでの問題は、いかなる事実を「組織的に用いるもの」か否かの判断の基礎とするかであるが、この点については、次の2つの事実を「組織的に用いるもの」か否かの判断の基礎とするのが妥当である。
(1)、本実験ノートについて、現実に存在した取り扱い又は現実に存在する取り扱いの事実
(2)
、本実験ノートについて、存在する可能性がある取り扱いの事実
②.本件事実の立証レベル
 ここでの問題は、いかなる方法で前記①の2つの事実を証明するかであるが、この点については、それぞれ次の「事実上の推定」という間接証明を行なう。
証明の対象
証明の方法
前記①(1)
事実
事実上の推定、具体的には同じ被告に所属する他の職員(川田元滋、矢頭治、大島正弘各氏)が作成した実験ノートの取り扱いの事実に基づいて①(1)の事実を推認。
前記①(2)
事実
事実上の推定、具体的には同じ自然科学系の実験を行なう他の研究施設の研究者(木暮一啓氏ほか)が作成した実験ノートの取り扱いの事実に基づいて前記①(2)の事実を推認

第2、実験ノートの特質――一般の開示文書との比較――

実験ノートにおいては、一般の開示文書には見られない、実験ノートに特有の以下に述べる性質が存在する。

1、近代の自然科学の研究における実験ノート作成の重要性

自然科学の研究において実験ノートを作成する重要性はいくら強調してもし足りない。実験ノートがどれほど重要なものか、たとえて言うと《研究室が火事になったら、まっさきにつかむ》(甲11「アット・ザ・ベンチ―バイオ研究完全指南 アップデート版」。93頁)ほど重要なものとされる。なぜなら、自然科学系の研究とは、一般に、仮説を立て、それに基づいて実験計画を立て、実験を実施し、実験の生データを得て記録し、その得られたデータから何が言えるか、とりわけ仮説が検証されるかを考察すること、従って、自然科学の研究において「実験の生データ」より大切なものはない。 また、たとえ研究室が火事で焼けて論文や実験装置が焼け落ちても、実験《ノートがあれば(実験の生データをもとに再び)論文が書けるし、(再び)実験計画が立てられるし、その実験結果をもとにいろいろ組みたてていけるからです。》(同上。但し、括弧内は原告代理人の注記)。この「実験の生データ」が書かれているのが実験ノートにほかならない。

2、実験ノートの制度設計:合理性で貫かれていること

自然科学は合理性に基づいている。その自然科学の研究の要となる実験ノートの取り扱いも当然のことながら合理性の観点で貫かれている。すなわち、実験ノート作成の目的に沿って、目的達成にとって必要かつ合理的な管理、利用、保存、廃棄等の取り扱いが導き出され、実施されている。

3、実験ノートのもう1つの性質・特徴

他方、実験ノートには実験の生データの記録という本来の性質とは異質な(より厳密に言うと本来の性質と相反する)もう1つ別な性質・特徴が備わっている。それが実験ノート作成者が実験に際して、ひらめき、着想、アイデア等を実験ノートに書き留めることである。このため、実験ノートという1つの文書に対して相反する2つの複合的取り扱いが並存するという、一般の開示文書には見られないやや錯綜した事態が存在する。以下、この点を詳述する。

4、相反する2つの情報の記載に由来する相反する2つの相反する複合的性質の並存

実験ノート作成の本来の目的は実験の生データを記録することにある(甲12(木暮意見書)。甲16~17)。生データが記録されていないようなノートは実験ノートではない。とはいっても、実験ノートに生データ以外の情報を記載することができない訳ではない。実験ノート作成者が実験中に自分の思いつき、着想、アイデア等を実験ノートに書き留めることは自由である。ただし、それが書かれていないからといって実験ノートの意味を喪失するわけではない。
ところで、研究組織で行なう研究で実施される実験において、実験ノートに記載される「実験条件や実験結果の生データ」の情報は当該研究組織に帰属する(この点、被告も争わない)。つまりこの情報は個人のものではなく組織的性質を有する。これに対し、実験ノートに記載される「ひらめき、着想、アイデア等」の情報は実験ノート作成者の頭に浮かんだものであるから、当該作成者に帰属するものと扱われる。つまりこの情報は組織のものではなく個人的性質を有すると扱われる。その結果、1つの実験ノートに片や権利が組織に帰属する「実験条件や実験結果の生データ」の情報、片や権利は個人に帰属する「ひらめき、着想、アイデア等」の情報という、相反する2つの情報が記載されており、その結果、実験ノートは一方で組織的性質、他方で個人的性質という2つの相反する複合的性質が並存する文書となる。

5、相反する2つの複合的性質に由来する相反する2つの複合的取り扱いの並存

前記で前述したとおり、実験ノートの運用は合理的な立場で制度設計されている。従って、実験ノートの性質に沿って、これに相応しい合理的な取り扱いが導かれる。例えば、実験ノートに記録される「実験条件や実験結果の生データ」の情報は組織に帰属するという組織的性質を有することからおのずと、実験ノートの取り扱いとして次のことが導かれる。
①.組織に無断で、実験ノートの「外部への公表」禁止、
②.組織に無断で、実験ノートの「外部への持ち出し」禁止
③.組織に無断で、実験ノートの「自由な廃棄」禁止
ところで、4で前述した通り、実験ノートは組織的と個人的という2つの相反する複合的性質を有するため、その結果、実験ノートの取り扱いもおのずと組織的取り扱いと個人的取り扱いという2つの相反する複合的取り扱いが導かれる。例えば、実験ノートに書き留められる「ひらめき、着想、アイデア等」の情報は作成者個人に帰属するという個人的性質を有することからおのずと、実験ノートの次の取り扱いが導かれる。
①.作成者に無断で、実験ノートの「閲覧」禁止
②.実験ノートの保管は原則として作成者が行なう

6、本件の開示請求の目的と実験ノートの複合的性質・複合的取り扱いとの関係

そこで、問題は本件の開示請求において、実験ノートの「組織的に用いるもの」への該当性を判断する上で、前述した実験ノートの複合的取り扱いをどのように考慮したらよいかである。
この点、結論として、実験ノートの複合的取り扱いのうち組織的取り扱いの面だけを問題にすれば足りると解すべきである。
なぜなら、第1で前述した通り、そもそも本件の開示請求の目的は「作成者個人のひらめき、着想、アイデア等」の開示ではなく、もっぱらディフェンシン耐性菌の出現に関する「実験条件、実験結果の生データ」の情報開示である。この情報は被告組織に帰属するものである。それゆえこれが記録されている実験ノートの組織的性格及びそこから導かれる組織的取り扱いに注目して、「組織的に用いるもの」への該当性を判断すれば足り、その結果、実験ノートが法人文書として扱われたとき、「作成者個人のひらめき、着想、アイデア等」の情報部分の開示に不都合があるならば、当該部分は不開示事由に該当するとして当該部分を除いて部分開示とすれば必要にして十分だからである。
 以下、この立場から、本実験ノートの「組織的に用いるもの」への該当性を吟味検討する。

1、実験ノートの複合的取り扱いについて
 第2、6で前述した通り、ディフェンシン耐性菌の出現に関する「実験条件、実験結果の生データ」の情報開示を求める本件の開示請求においては、実験ノートの複合的取り扱いのうち組織的取り扱いに着目して「組織的に用いるもの」への該当性を判断すれば足りる。

2、「組織的に用いるもの」への該当性の判断基準
「組織的に用いるもの」への該当性の判断基準は判例・通説によれば、
文書の作成又は取得の状況、当該文書の利用の状況、保存又は廃棄の状況等を総合的に考慮して実質的な判断を行う。

3、3つの状況を構成する事実の意義
 第1、3で前述した通り、いかなる事実を「組織的に用いるもの」への該当性の判断の基礎とするかという問題については、結論として、次の2つの次元の事実を「組織的に用いるもの」への該当性の判断の基礎とすべきである。
(1)、本実験ノートについて、現実に存在した取り扱い又は現実に存在する取り扱いの事実
(2)
、本実験ノートについて、存在する可能性がある取り扱いの事実
 その理由は以下の通りである。
司法試験委員会の会議内容の録音物が「組織共用文書」か否かが争われた裁判で、東京地裁平成19年3月15日判決は、「仮に議事要旨を作成する担当者に急病等の差し支えが生じていたならば」と仮定を立て、その場合「当然、他の職員が、本件録音物を利用して議事要旨の作成を代行していたであろうと考えられる」と、他の職員が当該文書を組織的に利用する可能性があることを認定し、この事実を「当該文書の利用の状況」を構成する事実として認定した。実際に存在したかどうかを問わず、「存在する可能性がある取り扱い」に注目したこの判例の見解に対しては、次の事例を検討すればこれが正当であることが容易に首肯できる。
 これまでに所属する研究組織で研究不正の疑惑が発生しなかったため、上司の命令で実験ノートの開示が求められる事態を経験していないとしても、ひとたび2014年のSTAP細胞事件のような研究疑惑が発生した暁には、疑惑解明のために上司が実験ノートの開示を命令した場合には、これを拒否できない取り扱いになるであろうことは通常の研究者であれば異論ないところである。それは実際に存在しないと取り扱いだとしても、実験ノートの組織的性質及び組織的取り扱いから「予見可能な事実」だからである。

4、3つの状況を構成する事実の証明方法

本件の開示請求の対象文書は病害抵抗評価実験の実験ノートであるところ、第1で前述した通り、本実験ノートの作成者を特定していない。そのため、本実験ノートの3つの状況を構成する事実を作成者の証言を得て、そこから直接的に証明することができない。そこで、本訴で原告が試みる証明方法とは間接証明すなわち経験則を利用して他の事実に基づいて証明の目標である事実を推認するという「事実上の推定」である。
 そこで、この「事実上の推定」をで前述した3つの状況を構成する2つの次元の事実に沿って原告の立証方針を述べると以下の表の通りである。
証明の対象
証明の方法
第1、3(1)
事実
事実上の推定、具体的には同じ被告に所属する他の職員(川田元滋、矢頭治、大島正弘各氏)が作成した実験ノートの取り扱いの事実に基づいて第1、3(1)の事実を推認。
第1、3(2)
事実
事実上の推定、具体的には同じ自然科学系の実験を行なう他の研究施設の研究者(木暮一啓氏ほか)が作成した実験ノートの取り扱いの事実に基づいて第1、3(2)の事実を推認

 本実験ノートに記載される情報は、前述の通り、病害抵抗評価実験の「実験条件、実験結果の生データ」の情報と「作成者個人のひらめき、着想、アイデア等」の情報の2つがあるが、第2、6で前述した通り、「組織的に用いるもの」への該当性の判断にあたっては前者を問題にすれば足りる。
(2)、本実験ノート作成の目的
そこで、「実験条件、実験結果の生データ」という情報を記録する目的について検討する。
第1で前述した通り、自然科学系の研究において実験の生データを記録する実験ノートを作成することは研究方法の本質に由来する不可欠のものである。加えて、現代の自然科学系の研究スタイルは個人の単独研究ではなく、複数人の共同研究が基本である。それゆえ共同研究においては共同研究者間および上司と研究者の間で、実験の生データを情報共有することが不可欠となる。つまり、共同研究においては実験の生データを情報共有するために、実験の生データが書かれた実験ノートを他の共同研究者、上司に直接または間接に見せることを前提にしている。
従って、現代の自然科学系の研究においては、組織の共同研究を円滑に進めるために実験ノートの作成及び利用は不可欠である。
 本実験ノートも同様に、自然科学系の研究において不可欠なものとして、及び組織の共同研究を円滑に進めるという目的のために作成されるものである。
 これに対し、被告職員の大島正弘氏は実験ノート作成の目的について、くり返し次のように言う。
《後日の備忘だけでなく、実験条件の正確性・再現性を担保するため》(甲21大島陳述書5頁2~3行目)
《まず第1に自分の備忘です。忘れために、あるいは後日その実験を正確に再現する必要があったときに、それを行うための基礎資料です。》(甲20証人大島3頁)
ところで、第2、1で前述した通り、〈研究室が火事になったら、まっさきにつかむ〉のが実験ノートであり、その訳はたとえ研究室が火事で焼けて論文や実験装置が焼け落ちても、実験ノートさえあれば実験の生データをもとに再び実験計画が立てられるし、その実験結果をもとにいろいろ組みたてていけるからで、これこそ上記大島陳述書の「実験条件の正確性・再現性を担保するため」にほかならない。これに対し、上記大島陳述書前段の「後日の備忘のため」とは、主に「作成者個人のひらめき、着想、アイデア等」を書き留めることを念頭に置いたものであり、この意味で、実験ノートの複合的性質に即して2つの目的を指摘した大島陳述書・証言は原告主張と別に対立するものではない。

2、共同研究における実験ノート作成者の交替可能性

 一般に、共同研究においては実験の実施者(同時に実験ノート作成者)は状況に応じて適宜割り振りされ、必要に応じて担当が交替となる。とりわけテクニシャン[3]の場合にそれが顕著である。なぜなら、テクニシャンはそもそも得られたデータを自分で使うのではなく、それを研究者に提供することを専らの目的として雇用された人たちであり、それゆえ研究者の指示で、適宜、実験の担当が決まったり変更されたりするからである。ここからも明らかなように、組織における共同研究の実験の実施は状況に応じて別の者に交替する可能性を有するものであり、たとえ担当者が努力と情熱と時間を傾けて行なうものだとしても、あくまでもそれは組織的な業務の一環であり、私的、個人的な営みではないということである。大島証言でも、
《そもそも契約職員さん(原告代理人注:テクニシャンを指す)に実験をお願いしているようなケースが多かったです。》(甲20証人大島14頁)
とある通り、被告の研究施設においてはこうしたテクニシャンが多数の実験を実施しており、それだけに、実験の実施及び実験ノート作成行為が私的、個人的な営みでないことは一層明らかである。

3、本実験ノートの性質及び作成の目的から推認されること1(管理の状況)

(1)、一般論
第3、5で前述した通り、実験ノートの運用は合理的な立場で制度設計されており、実験ノートの性質に沿って、これに相応しい合理的な取り扱いが導かれる。実験ノートに記録される「実験条件や実験結果の生データ」の情報について、これらの情報は組織に帰属するという組織的性質を有することからおのずと、実験ノートの管理に関して次の組織的取り扱いが導かれる。
①.組織に無断で、実験ノートの「外部への公表」禁止、
②.組織に無断で、実験ノートの「外部への持ち出し」禁止
(2)
、本実験ノート
 この点につき、被告所属の大島正弘氏は、第二次訴訟において、実験の生データや実験条件を記録した文書を実験担当者が勝手に公開することは許されるかという質問に対し次の通り証言した。
《平成24年以前のお話をさせていただきたいと思いますが、‥‥その頃も当然ながら研究結果の外部発表は、組織としての許可を必要とすることになっておりました。》(甲20証人大島30頁)
 なおかつ、これまでのところ、被告より、被告職員が作成する実験ノートにおいて、前記(1)の一般論と異なる取り扱いを証明する証拠も提出されてない以上、本実験ノートの管理について、前記(1)の一般論と同様の取り扱いであると解することができる。

4、本実験ノートの性質及び作成の目的から推認されること2(利用の状況)

第4、1で前述した通り、本実験ノートも一般の実験ノートと同様、自然科学系の研究において不可欠なものとして、及び組織の共同研究を円滑に進めるという目的のために作成されるものであるが、この目的からおのずと、実験ノートの利用に関して次の各場合において組織的取り扱いが導かれる。
(1)、共同研究者間
ア、一般の実験ノート
 実験ノートを直接見せて実験データの矛盾点、問題点をめぐって討議・検討することがあるのは一般に異論がない(甲12木暮意見書3頁第3、4参照)。
イ、本実験ノート
()、川田元滋氏の証言
 この点につき、被告所属の川田元滋氏は、第一次訴訟において、共同研究者同士で、生データを記録した実験ノートを見せ合うことはあるのか?という裁判官の質問に対し次の通り証言した。
《あったかと思います。なぜかというとこういう実験がうまくいかないんですがという、その技術的な相談をするときに、そういうやり取りは実際あると思います。》(甲18証人川田22頁下から7~4行目)
「あなたのほうから実験スタッフに、スタッフの方が自らデータとかを示さない場合に、こういうデータはどうなっているかということで、示してもらうこともあり得るのか」という裁判官の質問に対し、
《もちろんあり得ます》(甲18証人川田23頁)
(
)、大島正弘氏の証言
(
)、同じく、大島正弘氏は、第二次訴訟において、川田氏の証人尋問の問答(「同じ研究室で、共同研究のスタッフ同士で実験ノートを見せ合うか」という質問に対し、それを認める証言をした)を読み上げ、「川田氏のこの証言は、大島研グループでも同様のことがあったのではないか」という質問に対し次の通り証言した。
《それは同じ部屋にいますから、あったと思います》(甲20証人大島18頁下から6行目~19頁10行目)
()、また、木暮意見書(甲12)の記述(結果に疑問や不合理な点が出てきた場合には、実際に生データが記録された文書を直接参照する)を読み上げ、「大島研グループでも同様のことがあり得ますか」という質問に対し次の通り証言した。
《それは、議論の素材になるデータがなければ議論そのものができませんから、そういったものを見せていただくことは当然あり得ます》(甲20証人大島21頁5~6行目)
()、提出済みの大島陳述書(甲21)の以下のくだりを読み上げ、 
《研究室内部で報告や議論をする際には、データを見やすい形に整理した図表等を作成させ、それに基づいて打ち合わせを行っておりました。その過程で実験条件等を更に詳しく知りたいときは口頭での補足を求めたり、記録の一部を見ることはしました。》(甲21大島陳述書5頁(3)
「『記録の一部を見る』というのは、実験条件や実験の生データが記録されている文書を見るということではないか」という質問に対し次の通り証言した。
《そういう場合にいろいろな資料を見ることは当然ございます》(甲20証人大島18頁16~17行目)
さらに「実験条件や実験の生データが記録されている文書を見ることもあるか」という質問に対し次の通り証言した。
《はい》(甲20証人大島18頁下から7行目)
()、「共同研究の過程で、実験結果が、それまでの実験データと矛盾したり、想定した実験結果と食い違ったり、それまでの考えでは説明ができない現象が起きることはあるのか」という質問に対し次の通り証言した。
《研究ですから恐らくそういったようなことは、まま起こることです》(甲20証人大島12頁4行目)
 そこで続いて、「その場合、その原因を考え、対策を立てる必要があるのではないか」という質問に対し次の通り証言した。
《当然です》(同上同頁7行目)
そこでさらに、「そこで、そのために、実際の実験条件や実験の生データを直接見ながら、その実験を担当した者に説明を求めたり、共同研究者間で討議することがあるのではないか」という質問に対し次の通り証言した。
《場合によってはそういうことももちろんあったかと思います》(同上同頁11行目)
そこで、これに続いて、「実験直後ではなく、少し後になってから実験条件や実験の生データを直接見ないと分からない場合には、それらを記録してある実験ノートを見ることがあるのではないか」という質問に対し次の通り証言した。
《特に生データを見る必要がない場合には見ません。必要があれば見たかもしれません》(甲20証人大島13頁1~2行目)
()、また、正規の職員と非正規の契約職員との区別に関連して、「正規の職員について、実験条件や実験の生データを直接見ながら、大島氏が説明を求めたり討議することがあるのではないか」という質問に対し次の通り証言した。
《生データを見せていただいて議論することはあります》(甲20証人大島14頁下から7行目) 
()、小括
 上記の通り、被告職員2名において、実験ノートを共同研究者間において「直接見せる」という利用の事実から、本実験ノートにおいても共同研究者間において「直接見せる」という利用の事実を推認することができる。

(2)、テクニシャンから
ア、一般の実験ノート
 研究者がテクニシャン作成の実験ノートを直接見るのは、第4、2で前述した通り、テクニシャンとは本来得られたデータを自分で使うのではなく、それを研究者に提供することを専らの目的として雇用された人たちであることからの当然の帰結であり、一般に異論がない(甲13木暮意見書(2)4頁参照)。
イ、本実験ノート
()、大島正弘氏の証言
想定外のデータが出て、問題点を検討するために、実験ノートの実験条件や実験の生データを直接見ることがあるのではないかという質問に対し次の通り証言した。
《そもそも契約職員さん(原告代理人注:テクニシャンを指す)に実験をお願いしているようなケースが多かったです。そうしますと、その場合には個々の一貫した原記録というよりも、1回1回のメモ(原告代理人注:実験の生データを記録した文書の1つであり、実験ノートの定義に該当する)を見ながらお話しするということになります。》(甲20証人大島14頁)
すなわち、大島氏の場合、実験を実施したテクニシャンから実験の生データを記録した文書すなわち実験ノートを見せてもらい、実験について説明を聞くという事実が存在することが明らかである。従って、この事実から本実験ノートにおいてもテクニシャンから「直接見せてもらう」という利用の事実を推認することができる。

(3)、実験の報告をする上司との間
ア、一般の実験ノート
 木暮一啓東京大学教授(当時)の意見書(甲12)の以下の記述から明らかな通り、実験の報告に際し上司との間で、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合には、実験の生データが記録されている実験ノートを直接見ながら討議・検討するのが通常である。
「研究に関する上司に対しても、①の実験データを見せることを想定しています。とりわけ実験直後にその数値などを実験ノートに記入したいわゆる生データが重要です。通常、その生データからその数字をパソコンに打ち込んで図表を作るのが一般的ですが、そこで結果に疑問や不合理な点が出てきた場合には、まず生データの記録を参照するのが普通です。経験を持つ上司が生データを実際に見ることにより間違いを発見したり、そもそもデータが信頼できるものかどうかを判定することが可能になるからです。」(3~4頁)
イ、本実験ノート
 類似訴訟において、実験の報告に際し上司との間で討議・検討することに関する被告職員による証言はないが、仮に本実験ノートの作成者が実験の報告に際し上司との間で、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合には、当然、実験の生データが記録されている実験ノートを直接見ながら討議・検討することになるであろうと考えられる。すわなち、この場合、報告を受けた上司が実験ノートを直接見ながら討議・検討する可能性がある、換言すれば組織的に利用する可能性があると認められる。

(4)、研究不正が疑われるなど上司の命令があった場合

ア、一般の実験ノート
2014年のSTAP細胞事件が近時の顕著な現象であるが、ひとたび研究不正が疑われるという異常事態が発生した場合、もはや当該共同研究者グループの問題にとどまらず、研究者の所属する組織の社会的信頼・名誉に関わる重大問題となるため、当該組織は実験ノートを直接見て不正の有無を検証することになる。そこで、上司が問題の実験ノート作成者に対しノートの提出を命じ、作成者は命令に従うことになる。このとき、ノート作成者は実験ノートを純然たる私物であるかのようにみなして提出命令を拒否することは許されない。こうした研究不正の疑いという異常事態が発生した時にこそ実験ノートの本質(組織的規律に服する)が顕現すると言うべきである。
イ、本実験ノート
類似訴訟において、研究不正が疑われ上司が実験ノートの提出を命じたことに関する被告職員による証言はなく、むしろ「幸い、私の組織では、上司が実験ノートを見せろと命令するような例に遭遇しておりません」(甲20証人大島29頁)と証言している。
しかし、仮定の話として、大島氏は実験データが記録されている文書を上司が実験担当者にを見せろと命令した場合、それを拒否できるかという質問に次の通り証言した。
「業務命令として、もし仮にそのようなものが出れば、それは、組織に属する人間として拒否はできないと思います」(甲20証人大島30~31頁)
 また、矢頭氏も実験データを管理する研究者に対して、彼の上司が実験データを見せろと命令した場合、それを拒否できるかという質問に次の通り証言した。、
「できないと思います」(甲19証人矢頭12頁)
 上記2名は仮に被告において実験データが記録されている実験ノートを上司が実験担当者にを見せろと命令した場合には、当然、拒否できないことを認めている。
以上から、被告において作成される実験ノートを見せろという上司の命令が発動される可能性があり、その場合には当然これに従うことになる、その意味で本実験ノートを組織的に利用する可能性があると認められる。

5、前記4(利用の状況)の主張に対する反論及び再反論
これまでの類似訴訟の中で、前記に対しては次の反論が考えられる。

(1)、「直接見せる」のが通常ではないこと

ア、反論
実験ノートを「直接見せる」というのは通常の利用ではなく、稀にしかないから、「組織的に用いるもの」に該当しない(第二次訴訟一審判決51頁10~16行目)。
イ、再反論
 しかし、法2条2項の「組織的に用いるもの」の文言は利用の頻度は問題にしていない。むしろ「組織的に用いるもの」とは当該組織において、業務上必要なものとして、利用又は保存されている状態のものを言い、たとえこれまで一度も利用の事実がない場合つまり利用の頻度がゼロでも、当該文書が当該組織において、業務上必要なものとして保存されている状態ならば「組織的に用いるもの」の該当性を肯定している。
 以上から、利用の頻度が低いことを理由に「組織的に用いるもの」の該当性を否定するのは誤りである。

(2)、「直接見せる」のが個人的利用・事実的利用にとどまること

ア、反論
《研究者間で個人的あるいは事実上のやり取りとして行われる検討の際の一資料として用いられたにすぎず》(第二次訴訟控訴審判決9頁13~14行目)、「組織的に用いるもの」に該当性しない。
イ、再反論
共同研究者間で実験ノートを「直接見せる」場合の場所(被告組織における共同研究の施設内)、時間(業務時間内)及び実態(研究室内で定例で開かれる進捗状況の報告会など)に照らし、被告の共同研究者間で実験ノートを「直接見せる」のは、プライベートな場所でプライベートな時間にプライベートなやり方で見せているのではなく、あくまでも組織の業務上の研究活動の一環として被告研究施設で業務時間中に、一緒に討議検討する共同研究者全員の前で見せている。これを組織の業務上の研究活動とは別個の、プライベートな時間、空間、状況で用いられた個人的なやり取りと認定するのは明らかな事実誤認である。

(3)、様々な状況で個人的な扱いをしていること

ア、反論
他方で、実験ノートの取り扱いとして、①.作成者に無断で、実験ノートの「閲覧」禁止や②.実験ノートの保管は原則として作成者が行なうといった個人的な扱いをしており、この点に注目すれば「組織的に用いるもの」に該当しないと解すべきである。
イ、                       再反論
 確かに、実験ノートにおいて、上記のような個人的取り扱いをすることはその通りである。しかし、第2、5で前述した通り、そのような個人的取り扱いをする理由は実験ノートに書き留められる「ひらめき、着想、アイデア等」の情報が作成者個人に帰属するとされ、個人的性質を有するからである。しかし、本訴で「組織的に用いるもの」への該当性を問題にしているのはそのような個人的な情報ではなく、本件開示請求の対象である実験条件や実験結果の生データという組織に属する情報である。従って、「組織的に用いるもの」への該当性を判断するためには、組織に属する情報に由来する組織的な取り扱いを取り上げて判断すべきである。それをせず、個人的な情報に由来する個人的な扱いを取り上げて、「組織的に用いるもの」への該当性を否定するのは解釈を誤ったものというほかない。

(4)、実験ノートに関する研究者の意見書や他の法人における取り扱例は本実験ノートと無関係

ア、反論
 他の法人における実験ノートの実例と本件の実験ノートとを比べた時、、被告は以下の通り、「両者は無関係」と主張した。
《実験ノートに関する一般論や他の法人における取り扱例は、矢頭及び平八重作成の実験ノートが被控訴人の法人文書に該当するか否かには何ら影響を及ぼすものではない。》(第一次訴訟控訴審、被告答弁書5頁(3))
イ、再反論
 実験ノートに関する一般論のうち、少なくとも木暮一啓氏作成の意見書に関する限り、その文面からも明らかな通り、実験ノートについて決して木暮氏独自の取り扱いを述べたものではなく、あくまでも実験ノートの本質(実験の生データを記録)や自然科学研究の本質(研究の行き詰まり・矛盾逢着の時に、生データに立ち帰る)から引き出せる普遍的又は一般的な取り扱いを述べたものにほかならない。それゆえ、本実験ノートでも木暮氏が述べたような取り扱いをする可能性があることは十分肯定でき、この可能性を踏まえて、本実験ノートについて「組織的に用いるもの」への該当性を判断すべきである(司法試験委員会の会議内容の録音物が「組織共用文書」か否かが争われた裁判で、東京地裁平成19年3月15日判決参照)。
以上の点の詳細について、木暮氏自ら解説する意見書を近く提出予定である。

6、本実験ノートの性質及び作成の目的から推認されること3(廃棄の状況)

(1)、一般の実験ノート
第3、5で前述した通り、実験ノートの運用は合理的な立場で制度設計されており、実験ノートの性質に沿って、これに相応しい合理的な取り扱いが導かれる。実験ノートに記録される「実験条件や実験結果の生データ」の情報について、これらの情報は組織に帰属するという組織的性質を有することからおのずと、実験ノートの保存・廃棄に関しても次の組織的取り扱いが導かれる。
①.組織に無断で、実験ノートの「自由な廃棄」禁止
(2)
、本実験ノート
 実験ノートがもし純然たる私物ならば「いつでも作成者自身の判断で自由に廃棄すること」が可能である。しかし、以下に述べる通り、被告組織ではそのような扱いは許されない。
()、矢頭治氏の証言
()、不要になっていないものは廃棄すべきではないかという質問に次の通り証言した。
《そうですね。》(甲19証人矢頭11~12頁)
()、上司が「まだ廃棄するな」と命じた時、それを無視して自分の判断で廃棄できるかという質問に次の通り証言した。
《それは私はできないと思っています。》(同上12頁)
()、大島正弘氏の証言
実験が途中で、まだ実験データが不要になっていない段階で、担当者が勝手に廃棄できるか、という質問に次の通り証言した。
《理事長通達以前でまずお答えいたします。‥‥実験がまだ終わっていない状況で、それを一存で廃棄するのはいかがなものかと思います。》(甲20証人大島29頁)
(3)、小括
 上記の通り、被告職員2名において、組織に無断で、実験ノートの「自由な廃棄」が禁止されるという事実から、本実験ノートにおいても組織に無断で、実験ノートの「自由な廃棄」禁止の事実を推認することができる。

1、3つの状況を総合的に考慮して実質的な判断を行った結論
 以上のような本実験ノートの性質及び作成の状況、これらから合理的に推認される本実験ノートの管理及び利用の状況等を総合的に考慮すれば、本実験ノートは本研究プロジェクのうちの「抗菌活性実験及び耐病性評価実験」の実施という業務に不可欠なものとして、本研究プロジェクトの共同研究者間及び上司において利用又は保存されている文書であり、法2条2項における法人文書の要件である「組織的に用いるもの」に該当するというべきである。

2、2012年理事長通達の意義

 さらに、被告自身が、2012年理事長通達(乙5)以後、被告職員が作成する実験ノートについて、行政文書の要件である「組織的に用いるもの」への該当性を肯定している。尤も、これに対しては、被告は本件理事長通達により、「実験ノートは第三者に読まれることや研究の進行管理等において積極的に活用されること等を前提として作成されるようになり、また、その管理や保存についても被告において統一的な取り扱いがなされるようになった」こと等を理由に、これ以降作成される実験ノートに初めて「組織的に用いるもの」への該当性が肯定されるようになったと主張した(被告準備書面(1)6頁3)。
 しかし、本件理事長通達(乙5)の記載からも明らか通り、前記通達の目的は、従来のように実験ノートの作成方法や管理方法が個々の研究者任せでは十分な活用が図れないので、積極的な活用のために実験ノートの作成方法や管理方法について新たなルールを導入することにしたものである。従って、職員に変更を促しているのは①実験ノートの作成と③実験ノートの管理保管に関する部分にとどまり、 実験ノートの「組織的に用いるもの」への該当性を判断する上で要となる「実験ノートの利用」に関しては「これまでの自主的な実験ノートの活用を基本とした仕組みとして」と変更はなく、せいぜい、これまでの活用を基本とした仕組みを「推進すること」、つまり従来の利用のやり方を「もっと積極的に」やれとはっぱをかけているにすぎない。
ということは、見やすく、扱いやすい実験ノートに改善し、「実験ノートを直接見せる」機会をもっと増やすことを促している。すなわち、従来のやり方で既に「組織的に用いるもの」に該当していたものを、さらに「推進すること」、「もっと積極的に」やることを求めたものである。
以上から、一片の本件理事長通達により、被告職員が作成する実験ノートの「組織的に用いるもの」への該当性の判断は影響されない。被告は法人文書不開示決定(甲4)で示した実験ノートの「組織的に用いるもの」への該当性に関する正しい判断を本件理事長通達以前の本実験ノートにも首尾一貫して及ぼすべきである。

3、予備的主張

 仮に百歩譲って、本実験ノートが組織共用文書かそれとも自己利用文書であるか判然としないとしても、情報公開法制定当時の立法者意思に従い説明責任を全うする観点からすれば、そのように判然としない場合にはひとまず本実験ノートを法人文書として扱い、その上で開示に不都合があるならば、不開示事由に該当するとして非公開にすれば足りると解すべきである。明言しないものの基本的にこのような立場に立った判例が、第3、3で前述した、司法試験委員会の会議内容の録音物等の行政文書該当性を肯定した東京地裁平成19年3月15日判決である。その他、これを支持する学説は松村雅生「東京地裁平成19.3.15判決評釈」の1(甲22)・小早川光郎編「情報公開法その理念と構造」73~74頁(註9)(甲23)。奥平・塩野対談「情報公開法制定に向けて」法律時報69巻1号12頁(甲24)編集代表井出嘉憲ほか「講座 情報公開 構造と動態」220頁(甲25)である。

4、小括と今後の準備

以上の主位的主張及び予備的主張から、本実験ノートは法2条2項における法人文書の要件である「組織的に用いるもの」に該当するというべきである。
また、第4、5、(4)で前述した通り、原告は、今般提出した4通の木暮意見書が実験ノートの取り扱いについて決して木暮氏独自の取り扱いを述べたものではなく、普遍的又は一般的に通用する取り扱いを述べたものであることを明らかにした意見書を近く作成・提出する予定である。
以 上



[1] タンパク質ディフェンシンそのものが様々な病原菌に対して増殖を抑制する効果があるかを検証する実験のこと。
[2] ディフェンシンの遺伝子を組み込んだ組換えイネを栽培したものが様々な病原菌に対して増殖を抑制する効果があるかを検証する実験のこと。
[3] 研究組織において、研究者とは異なり、実験など特定の技術的な支援のために非正規で雇用している人々のこと。例えば、大量のサンプルを或る決められた方法で処理する人、その保持や操作に特定の技術が要求されるような機器を専門に扱う人、研究上重要だがその習得が難しい特殊な技術を持っている人など(甲13木暮意見書(2)4頁参照)。

  ***************


令和元年(行ウ)第424号 法人文書不開示処分取消請求事件     
原  告  大庭 有二
被  告  国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構

証 拠 説 明 書 (2)
2020年 2月21日
東京地方裁判所民事第3部A1係  御中
                
               原告訴訟代理人 弁護士  柳 原 敏 夫
                      ほか3名
(甲5~25)
甲号証
標     目

(原本・写の別)



作 成

年月日

作成者

立 証 趣 旨

備考

記者発表資料「いもち病と白葉枯病に強い、複合病害抵抗性組換えイネ系統の作出に成功!」
2001.10.3
被告
プレス発表で明らかにした本研究プロジェクトの研究成果の内容。


2009.12. 1
順天堂大学教授 平松啓一
耐性菌研究の世界的な権威である平松啓一教授による、本研究プロジェクトの屋外栽培実験によりディフェンシン耐性菌が出現した可能性が高く、ディフェンシン耐性菌の脅威について非常に憂慮する旨の意見書。


2005.11.2
Charlotte Schubert
抗菌タンパク質研究の権威で抗菌タンパク質で耐性菌は出現しにくいと主張していたZasloff博士が、実験により容易に耐性菌が出現したことを確認し「もし何かが試験管の中で起こるなら,それは実際の世界でも起こるでしょう」と警鐘を鳴らした。
アイオワ大学の微生物学者Brogden教授が「抗菌剤耐性が出現したら,私たちの防御システムの大部分を攻撃にさらすことになる」「もしそういう耐性菌が広まったら、ちょっとした切り傷や擦り傷も治らなくなるでしょう」と警鐘を鳴らした。
訳文添付

法人文書の開示請求に係る決定について(通知)
2008.2.
12
被告
本研究プロジェクトで実施された実験の実験ノート等の開示請求に対し、被告が実験ノートを「法人文書」であると認めたこと。


法人文書不開示決定通知書
2014.5.
19

理化学研究所
遺伝子の組換えに関する実験の過程で作成された実験ノートの開示請求に対し、不開示決定の理由の中で、当該実験の過程で作成された実験ノートは理研の法人文書であることを明らかにした。


10
法人文書不開示決定通知書
2015.4.
21
京都大学
生命科学の研究開発の実験の過程で作成された実験ノートの開示請求に対し、開示決定がなされたこと。
担当研究者が「発表した研究論文については、その根拠データは誰にもオープンにされるのが当然であり」という考えを述べたこと。


11
書籍「アット・ザ・ベンチ―バイオ研究完全指南 アップデート版」(抜粋)
2006.10.1
キャシー・バーカー
《研究室が火事になったら、まっさきにつかむ》くらい重要な、《もしもノートがなくなったら、研究室にいなかったのも同然》とされる実験ノートの本質、その利用・管理の仕方について


12
2013.3.4
東京大学大気海洋研究所教授
木暮 一啓
実験ノートの作成の有無について
実験ノートの作成者は誰かについて
実験ノートの活用方法について
実験ノートの管理方法について


13
2014.1.
22
同上
川田元滋氏の陳述書を読んだ感想。とくに、
共同研究者間で実験ノートを見せ合う(共同使用)ことを否定する陳述、「価値がないと判断した実験データはその場で廃棄」「実験データは定期的に廃棄」という実験データの廃棄に関する陳述に対する批判。


14
意見書(3)
2017.10.29
同上
平八重一之氏の陳述書及び彼の証人調書を読んだ以下の感想。
・陳述書について
1、植物病理学の豊富な経験に基づくノウハウが必要な耐病性評価実験
・平八重氏の証言について
1、実験ノート作成の目的
2、前任者の中島氏からの引継ぎについてなど


15
2018.6.
6
木暮一啓
東京大学大気海洋研究所客員教授
第二次訴訟一審判決の事実認定の問題点について
1、論文の「共著者」に名を連ねた人は何をした人か
2、研究プロジェクトをどのように進めるか
3、実験ノートほか


16
「研究論文の疑義に関する調査報告書」と」題する書面(抜粋)

2014.3.
31



理化学研究所・研究論文の疑義に関する調査委員会
STAP論文に不正がなかったかを調査した最終報告書中で、実験ノートの管理のあり方について言及。


17
「実験ノートの基本:日付と生データは必須、実験室外持ち出し禁止」と題するエッセイ
2014.4.7



奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科教授佐藤匠徳
生命科学研究者にとって、実験ノートは「命」であるという信念から、実験ノートの性質、目的、管理について語ったもの。



18

証人調書

2013.11.12
被告職員
川田元滋

本研究プロジェクトの「栽培」の実験に参加して作成された実験ノートの取り扱いについて


19
証人調書
同上
被告職員
矢頭治
矢頭治作成の実験ノートの取り扱いについて


20
証人調書
2017.1.
13
被告職員
大島正弘
大島正弘作成の実験ノートの取り扱いについて


21
陳述書
2016.5.
11
同上
同上


22
評釈「 司法試験委員会の会議内容の録音物等の行政文書該当性、物理的不存在及び不開示情報該当性[東京地裁平成19.3.15判決]」
2007
松村雅生
文書の作成、管理、廃棄について明示の組織的意思決定がなく、利用についても担当職員が単独で行っており外形的には共用の実態がないにもかかわらず、作成(委員会の黙認)、利用(議事要旨の確認のため他者が利用する可能性)、廃棄(議事要旨確定までの間の保存の必要性)を実質的に捉えて組織共用性を認めた判例を紹介。


23
書籍「情報公開法その理念と構造」73~74頁)
1999.7.
20
小早川光郎編
組織共用文書か自己利用文書か判然としない場合、当該文書を行政文書であるとして扱い、それが開示されることによる不都合があるならば、不開示事由に該当するとして非公開にすれば足りるとする見解。


24
対談「情報公開法制定に向けて」(法律時報69巻1号12~13頁の塩野発言
1997.1
奥平康弘・塩野
同上。


25
「講座 情報公開 構造と動態」220頁
1998.10.
10
編集代表
井出嘉憲ほか
同上。



以 上


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