2020年9月3日木曜日

【お知らせ】2020年9月1日の報告1:「組織共用性」について原告主張を全面展開した準備書面(3)を提出。

2020年9月1日に、原告から「組織共用性」について原告主張を全面展開し、被告準備書面(2)に反論した以下の準備書面(2)を提出しました(このPDFは->こちら)。
合わせて、この主張書面の裏づけとなる研究者の陳述として、木暮一啓東大名誉教授の意見書(5)と元研究員の原告の陳述書を提出しました。これらの証拠の詳細は->こちらの報告2報告3

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令和元年(行ウ)第424号 法人文書不開示処分取消請求事件     
原  告  大庭 有二
被  告  国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構

原告準備書面 (3)
2020年 9月 1日
 東京地方裁判所民事第3部A1係  御中

原告訴訟代理人 弁護士  古 本  晴 英

同        弁護士  柳原 敏

                         同       弁護士  神 山  美智

同       弁護士  船  江   理  佳

 本書面は、「組織共用性」の解釈について原告準備書面(1)を補足するもの及び令和2年4月16日付被告準備書面(2)に対する反論である。
目 次

第1、問題の所在

1、「組織共用性」における「除外事由問題」

本研究プロジェクト[1]で実施された病害抵抗評価実験で作成された実験ノート(以下、本実験ノートという)が法人文書と言えるためには「当該独立行政法人等の役員又は職員が組織的に用いるもの」すわなち「組織共用性」を備えることが必要である。
この「組織共用性」の意義について、判例・実務は、ひとまず《組織的に用いる」とは‥‥当該行政機関の組織において、業務上必要なものとして、利用又は保存されている状態のものを意味する。》(総務省行政管理局編「詳解情報公開法」24頁。以下、詳解と略称)と解釈する[2]。とはいえ、これで解釈が済んだわけではなく、さらに次の問題が存在する。それが、
《一見すると「組織において業務上必要なものとして利用又は保存されている」ものに該当するように見えるが、なお「組織共用性」の本来の意義に照らしそこから除外するのが相当であるケースがある》、そして、本実験ノートもその除外ケースに該当するのではないか、という問題(さしあたり「除外事由問題」とよぶ)である。

2、「除外事由問題」のその1(「自己の職務専用利用」論)

本裁判においては、この「除外事由問題」として次の2つが問題になる。
第1は、「専ら自己の職務の遂行の便宜のためにのみ利用」(詳解24頁)する場合である。この場合、職員は決して職務を離れて私的な活動のために文書を利用しているのではなく、あくまでも「職務の遂行」のために利用している。従って、広義の意味で「組織のために業務上必要なものとして利用」していると解し、これを開示請求の対象文書と解する余地はある。しかし、判例・実務は、「職務の遂行」のためとはいえ、その「利用の形態」が「専ら自己の職務の遂行の便宜のため」に限定されていて、他の職員と連携して行う職務の中で文書が利用されていないという特徴を有する点に着目して、このような限定的な利用の場合には開示請求の対象文書から除外しても情報公開の趣旨を没却するものではないと判断し、「組織としての利用」が認められないとしたのである(さしあたり、この問題を「自己の職務専用利用」論とよぶ)。
そこで、本実験ノートがこの除外ケースに該当するか否かが問題となる。

3、「除外事由問題」のその2(「偶発利用」論)

第2は、「たまたま偶発的に、組織としての利用が発生」した場合である。すわなち、本来であれば、「組織において業務上必要なものとして利用又は保存」しないものであるにもかかわらず、たまたま何らかの事情で、文書を偶発的に、組織として利用する事態が発生した場合である。例えば、「専ら自己の職務の遂行の便宜のためにのみ利用」する場合とされる「自己研鑚のための研究資料や備忘録」(詳解24頁)が、たまたま何らかの事情で、必要があって、組織の業務の中で使われたような場合である。このような利用の一事をもって直ちに「組織としての利用」を認めることができないのは確かにその通りである。
 第二次訴訟でもこの点が問題となった。第二次訴訟で、実験ノートの利用の頻度が低いという状況について、それをもって「組織としての利用」を肯定できないのではないか、が問題とされた。これにについて、一審判決及び二審判決はいずれも、《場合によっては実験記録を見たりすることもあったが、一月に1度あるかないかの程度であった》(乙8一審判決46頁3~5行目)と認定した上で、《議論の段階で他人に対して見せることがあるとしても、そのことから直ちに、組織としての共用文書の実質を有すると評価することは相当ではないというべきである。》(同51頁14~16行目)と「組織共用性」の肯定に躊躇を示した。一審判決はなぜ「組織共用性」を肯定することに躊躇したのか。
思うに、それは「たまたま偶発的に、組織としての利用が発生」した可能性があると判断したからである。すなわち、
組織的利用といっても「偶発的なもの」とそうでないものと2つがある。それゆえ、たとえそれらの利用が「組織的に用いるものである」としても、それはたまたま発生した、本来想定していない偶発的な出来事の可能性がある。その可能性がある場合には、それらの利用の事実の一事をもって、そこから直ちに「組織共用性」があると判断するには証明に飛躍があり相当ではない。本件の利用の頻度が低い実験ノートの場合はこれに該当する、と(さしあたり、この問題を「偶発利用」論とよぶ)。
そこで、本実験ノートがこの偶発利用のケースに該当するか否かが問題となる。
 以下、この2つの問題について、順次検討する。

第2、「自己の職務専用利用」論

1、問題の所在

 本実験ノートの具体的な活用について、「専ら自己の職務の遂行の便宜のためにのみ利用」する場合に該当するとして「組織共用性」が否定されるか。

2、結論

 本実験ノートの具体的な活用のうち少なくとも以下の3つの利用については「専ら自己の職務の遂行の便宜のためにのみ利用」する場合に該当せず、「組織共用性」は否定されない[3]
①.                         実験ノートを他の職員(共同研究者・上司)に直接見せる場合
②.他の職員(共同研究者・上司)との間で議論する中で、作成者自身が実験ノートを見ながら説明する場合
③.異動、期限到来等で共同研究から離れるため、実験ノートを組織に残していく場合

3、理由

①.実験ノートを他の職員(共同研究者・上司)に直接見せる場合
(1)、これについては、さらに、次の3つの場合に分けて論じる。
ⓐ.共同研究者同士
ⓑ.作成者と実験の報告をする上司との間
ⓒ.テクニシャンと研究者との間
(2)共同研究者同士
ア、                         はじめに
 一般に、共同研究者同士においては、次の2つの場合に共同研究者同士で実験ノートを見せて討議・検討するのが通常である
()実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合
()再実験の必要が生じた場合
イ、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合
()、一般論
実験において、何らかの原因により「実験結果に疑問や不合理な点が出てくる」ことが頻繁に生じるのは自然科学系の研究の常であり(甲28木暮意見書(5)4頁(1))、その場合に、共同研究者同士において、実験ノートを直接見せて実験データの矛盾点、問題点の解明をめぐって討議・検討するのは一般に異論がない(甲12木暮意見書3頁第3、4。甲27原告陳述書6頁(3)参照)
 そして、この結論について自然科学系の研究の本質から理由を補足すれば次の通りである。
元来、自然科学系の研究とは未知の問題について仮説を立てそれに基づいて実験計画を立て、実験を実施し、得られた実験データから仮説が検証されるかを考察し、未知の問題を解明することである。それゆえ、実験の過程において、実験結果に疑問や不合理な点が出てくるのは必然的な事態である。
 そして、上記の自然科学系の研究の本質から、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合、まず検証するのが「得られた実験データ」がどうなっているかである。そこで、得られた実験データ」が書かれている実験ノートに立ち返り、これを直接見て、実験結果の疑問・不合理な点の解明を取り組むことが不可避となる。
 以上から、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に共同研究者間で実験ノートを見せることは木暮意見書など一部の研究者に限られる現象ではなく、およそ自然科学系の研究においてどこでも見られる普遍的な現象である。
()、本件
 実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に共同研究者間で実験ノートを見せることは以下の通り、被告も同様である。しかもこれは偶然の一致ではなく、被告が自然科学系の研究の本質に則った研究を実施していることから導かれる論理必然的な帰結である。
(a)、第一次訴訟の証人川田氏の証言
「共同研究者同士で、生データを記録した実験ノートを見せ合うことはあるのか?」という裁判官の質問に
《あったかと思います。なぜかというとこういう実験がうまくいかないんですがという、その技術的な相談をするときに、そういうやり取りは実際あると思います。》(甲18証人川田22頁下から7~4行目)
「あなたのほうから実験スタッフに、スタッフの方が自らデータとかを示さない場合に、こういうデータはどうなっているかということで、示してもらうこともあり得るのか」という裁判官の質問に、
《もちろんあり得ます》(甲18証人川田23頁)
(b)、第二次訴訟の証人大島氏の証言
 その具体的内容は原告準備書面(1)17~19頁で詳述したので省略する。

ウ、再実験の必要が生じた場合
()、一般論
 そもそも自然科学系の研究では、研究者が1回だけの実験結果から結論を下すことはまずなく、2回、3回と再実験を行い、安定的なデータを得た後に初めて結論に至るものである。その過程で前記イの「実験結果に疑問や不合理な点が出てくる」ことは日常茶飯事であり、その場合に実験ノートを見て得られた実験データ」と突き合せて、疑問や不合理な点の解明として何等かの手がかり(仮説)が掴めた時、その仮説に基づいて新たな実験計画を立て、再実験を実施して仮説を検証するのが研究の常である(甲28木暮意見書(5)4頁(2)。甲29原告陳述書6~7頁)
()、本件
 再実験の必要が生じた場合に共同研究者間で実験ノートを見せるかどうか、これまでに被告が直接言及したことはない。しかし、第一次訴訟及び第二次訴訟で、共同研究者同士で、実験ノートを見せ合うことはあるのか?という裁判官の質問に対し、実験がうまくいかないんですがという、その技術的な相談をするときに、そういうやり取り(原告代理人注:実験ノートを見せ合うこと)は実際ある》(甲18証人川田22頁)、実験結果に疑問や不合理な点が出ることがあるかという質問に対し、《研究ですから恐らくそういったようなことは、まま起こることです》(甲20証人大島12頁4行目)、その場合に実験ノートを見ながら対策を立てることがあるかという質問に対し、《場合によってはそういうことももちろんあったかと思います》(甲20証人大島同頁11行目)と証言した。なおかつ本研究プロジェクトにおいて再実験を実施したことは自明であるから、実験結果に疑問や不合理な点が出てその解明のために再実験を実施するにあたって、共同研究者間でそれまでの実験データや実験条件が記録されている実験ノートを見ながら再実験の条件等を討議・検討したことがあったのは当然である(もし被告がこの事実を否認するのであれば、民訴規則79条3項に基づき否認の理由を明らかにすべきである)

(3)、作成者と作成者と実験の報告をする上司との間
はじめに
 一般に、作成者と実験の報告をする上司との間においては、次の3つの場合に上司に実験ノートを見せて討議・検討するのが通常である
()実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合
()再実験の必要が生じた場合
()研究不正が疑われる場合
イ、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合
(
)、一般論
(2)、イ、()で前述した通り、実験において、何らかの原因により「実験結果に疑問や不合理な点が出てくる」ことが頻繁に生じるのは自然科学系の研究の常であり、その場合に、作成者は上司に実験の報告するにあたって、上司に実験ノートを直接見せて実験データの矛盾点、問題点を報告することがあるのは一般に異論がない(甲12木暮意見書3~4頁)。その理由は《経験を持つ上司が生データを実際に見ることにより間違いを発見したり、そもそもデータが信頼できるものかどうかを判定することが可能になるから》(同上)である(甲28木暮意見書(5)5頁(1)
 自然科学系の研究において日常的な出来事である実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合、上司に実験の報告するにあたって、実験ノートを見せることがあるのは木暮意見書など一部の研究者に限られる現象ではなく、およそ真面目で研究熱心な上司であればどこでも見られる普遍的な現象である。
()、本件
 実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に上司に実験ノートを見せるかどうか、これまでに被告が直接言及したことはない。しかし、 で前述した通り、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に共同研究者間で実験ノートを見せることは被告も自認している。従って、被告の本研究プロジェクトの中に経験を持つ仕事熱心な上司がついている場合であれば、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に報告を受けた上司が実験ノートを直接見せて実験データの矛盾点、問題点を報告するよう求めることがあるのは当然である(もし被告がこの事実を否認するのであれば、民訴規則79条3項に基づき否認の理由を明らかにすべきである)。

ウ、再実験の必要が生じた場合
()、一般論
 前述した通り、自然科学系の研究において、再実験の必要が生じることは不可避の現象であるが、とりわけ規模が大きく費用や時間を要する再実験の場合、上司から実施の承諾を得るために、上司に再実験の必要性を納得してもらうことが必要となる。そこで、上司に実験ノートを見せながら実験データの矛盾点、問題点を報告し、その解決のための再実験の実験条件を説明することになる甲28木暮意見書(5)5頁(2)
()、本件
 (2)、ウ、()で前述した通り、被告において、再実験の必要が生じた場合に共同研究者間で実験ノートを見せること及び実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に上司に実験ノートを見せることが強く推認されるから、そのような状況を勘案すれば、再実験の必要が生じ、それが規模が大きく費用や時間を要する場合には上司に実験ノートを見せて再実験の必要性を説明することがあると推認できる(もし被告がこの事実を否認するのであれば、民訴規則79条3項に基づき否認の理由を明らかにすべきである)

エ、研究不正が疑われる場合
()、一般論
 2014年のSTAP細胞事件や山中伸弥教授論文疑惑事件が示す通り、ひとたび研究不正が疑われるという異常事態が発生した場合、もはや当該共同研究者グループの問題にとどまらず、研究者の所属する組織の社会的信頼・名誉に関わる重大問題となる。そのため、当該組織又は疑惑解明のために外部に設置された委員会は実験ノートを直接見て不正の有無を検証することになる。そこで、上司が問題の実験ノート作成者に対しノートの提出を命じ、作成者は命令に従うことになる。この点について一般に異論がない(甲28木暮意見書(5)6頁(3)
()、本件
 被告も、過去に研究不正が疑われた経験がないとしても、今後仮にこうした事態が発生した場合には、上記()で述べた対応するのは当然である。第一次訴訟の証人矢頭氏も、実験データを管理している研究者に対して、上司が実験データを見せろと言ってきたら拒否できるのかという質問に、《できないと思います》(甲19証人矢頭12頁2~5行目)と証言した。

(4)、テクニシャンと研究者との間
ア、一般論
 もともとテクニシャンが作成した実験ノートは、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合とか研究不正が疑われる場合にではなく、研究者が日常的に直接見ることを前提にしている。なぜなら、テクニシャンとは、実験データを自分で使うのではなく、それを研究者に提供することを目的として雇用された者だからである。従って、テクニシャンはその研究グループの中で実験データの共有を前提にして実験ノートを作成している(甲13木暮意見書(2)6~7頁。甲28木暮意見書(5)6頁)。
以上はテクニシャンという職務の本質に由来する帰結であり、研究者に実験ノートを見せることは木暮意見書など一部の研究者に限られる現象ではなく、およそテクニシャンを雇用する研究においてどこでも見られる普遍的な現象である。
イ、本件
テクニシャンが作成した実験ノートを研究者が日常的に直接見る点は、以下の通り、被告も同様である。
(a)
、第二次訴訟の証人大島氏の証言。
想定外のデータが出て、問題点を検討するために、実験ノートの実験条件や実験の生データを直接見ることがあるのではないかという原告代理人の質問に対し、
《そもそも契約職員さん(原告代理人注:テクニシャンを指す)に実験をお願いしているようなケースが多かったです。そうしますと、その場合には個々の一貫した原記録というよりも、1回1回のメモを見ながらお話しするということになります。》(甲20証人大島14頁)
すなわち、1回1回のメモとは実験の生データを記録した文書の1つであり、実験ノートの定義に該当するから、実験を実施したテクニシャンから実験の生データを記録した文書すなわち実験ノートを見せてもらい、実験について説明を聞くという事実が存在する。
ウ、第三次訴訟におけるテクニシャンの存在
 第三次訴訟の病害抵抗評価実験について、第二次訴訟の一審判決で、被告の2人の職員(平八重一之氏及び園田亮一氏)は川田氏の研究グループに稲の病原菌を提供し、稲の耐病性評価手法についての指導及び助言を行ったにとどまり、当該実験を担当しないと認定された(乙8一審判決32~42頁)。すなわち、病害抵抗評価実験は川田氏の研究グループにより実施されたと認定された。他方、第一次訴訟の一審判決で、川田氏自身が遺伝子組み換え稲の開発実験を実施して実験ノートを作成したとは認められないと認定され(乙7一審判決35頁())、さらに、以下の証言、陳述等から、川田氏の研究グループに多数のテクニシャンが雇われていたことが認められる。
()川田氏の研究グループにおいて、「1999年から、・・・4名(5年間で述べ10名)の重点研究支援員(原告代理人注:テクニシャンを指す)が雇用され、このうちの一部の者を指導して研究を進めさせました」(甲29川田陳述書2頁2()
()、川田氏の研究グループにおいて、多数の研究補助勢力(原告代理人注:テクニシャンを指す)が雇われていたことについて、《その前から多くの研究補助勢力がいました》(甲18証人川田3頁11行目)《研究補助勢力のマネジメントが大変になってきました》(同頁16行目)
()《甲19号証の書面(甲31。1~2頁)に、重点研究支援員の氏名と専門と派遣期間が書いてあります。この重点研究支援員とはテクニシャンのことです。近年の大型プロジェクトではその構成員の何割かがテクニシャンであることが普通なので、人数構成からも妥当でしょう。》(甲13木暮意見書(2)7頁)
()、《そもそも契約職員さん(原告代理人注:テクニシャンを指す)に実験をお願いしているようなケースが多かったです。》(甲20証人大島14頁)
以上の事実から、川田氏の研究グループで実施された本件の病害抵抗評価実験の実験ノートをテクニシャンが作成した可能性が高い(もし被告がこの事実を否認するのであれば、民訴規則79条3項に基づき否認の理由を明らかにすべきである)

②.他の職員(共同研究者・上司)との間で議論する中で、作成者自身が実験ノートを見ながら説明する場合

(1)、はじめに
 日常の定期的な研究報告の場であっても、共同研究者や上司と検討・議論する際に、実験データに関する詳細な説明、報告が必要な場面において、もし相手に実験ノートを見せれば上記①のケースに該当するが、たとえ相手に実験ノートを見せない場合でもあっても、作成者が手元に実験ノートを置いて、自分でそれを見ながら実験データに関する詳細な説明、報告をするのが通常である。
 このような実験ノートの活用の場合、他の職員に実験ノートを直接見せる訳ではないが、他の職員との職務の遂行の中で、実験ノートを見ながら説明、報告する以上、この利用をもって、文書を「組織的に用いる」場合に該当すると解するのが適切である。(甲28木暮意見書(5)。甲27原告陳述書(2)
(2)、本件 
日常の定期的な研究報告の場で、共同研究者や上司と検討・議論する中で、作成者自身が実験ノートを見ながら説明するかどうか、これまでに被告が直接言及したことはない。しかし、被告においても、そのような場合に験データに関する詳細な説明、報告が必要な場面が発生することは否定できず、その場合には、相手に実験ノートを見せるか、或いはそこまでしなくても作成者自らが手元に実験ノートを置いて、自分でそれを見ながら実験データに関する詳細な説明、報告をすることは大いにあり得ることである(もし被告がこの事実を否認するのであれば、民訴規則79条3項に基づき否認の理由を明らかにすべきである)

③.異動、期限到来等で共同研究から離れるため、実験ノートを組織に残していく場合

(1)、これについては、次の2つの場合に分けて論じる。
ⓐ.研究者が異動等で共同研究から離れる場合
ⓑ.テクニシャンが期限到来等で共同研究から離れる場合
(2)研究者が異動等で共同研究から離れる場合
ア、一般論
 共同研究の途中で研究者が異動になり、共同研究から離れるような場合、共同研究の実験担当も交替となる。このとき、それまで研究者が記録した実験の生データや実験条件の情報を引き継ぐことになるが、その場合、作成した実験ノートを組織に残していくケースと実験ノートは残さず、実験ノートに記録された実験の生データや実験条件の情報だけをファイル等で残していくケースの両方のケースがある。
イ、本件
 被告においては、共同研究の途中で研究者が異動になり、共同研究から離れる場合、当該研究者が作成した作成した実験ノートを組織に残していく、というのが第一次訴訟の証人矢頭治氏の次の証言である。
 すなわち、「仮に栽培実験の途中で研究員が替わる、交替するときには従前の生のデータを記録したもの(原告代理人注:実験ノートを指す)はどうなるのか」という裁判官の質問に対し、《研究課題が継続する場合には、引き継がれると思います》と証言した(甲19証人矢頭23頁下から9~4行目)。
 その結果、組織に残された実験ノートは共同研究者に引き継がれ、引き続き共同研究者の間で研究遂行のために活用される。

(3)テクニシャンが期限到来等で共同研究から離れる場合
ア、一般論
一般に、共同研究において実験の実施者(同時に実験ノート作成者)は状況に応じて適宜割り振りされ、必要に応じて担当が交替となる。この点はテクニシャンにおいて顕著である。もともとテクニシャンとは①期限付きで研究機関に雇用された者、なおかつ②得られたデータを自分で使うのではなく、専らそれを研究者に提供することを目的として雇用された者であるから、期限中でも、研究者の指示で、適宜、実験の担当が変更され、期限が到来すれば当然、研究機関から去る。従って、数年にわたる研究では、実験ノート作成者のテクニシャンが研究途中で交替ないしは去るという事態は日常茶飯事である。
この場合、テクニシャンは雇用契約上の義務として、作成した実験ノートを雇用された研究機関に残していく。その後、この実験ノートは然るべき研究者の手で保管され、組織的に利用される(甲28木暮意見書(5)7頁5。甲27原告陳述書7頁(4)の後半)。
イ、本件
まず、中心となって本研究プロジェクトを遂行した川田氏の研究グループに多数のテクニシャンが雇われていたことは前記3、①(4)ウで前述した通りである。
テクニシャンが作成した実験ノートをテクニシャンが共同研究から離れたあと、被告に残していくかどうかについて、これまでに被告が直接言及したことはない。しかし、②(2)で前述した通り、被告においても、テクニシャンが作成した実験ノートを研究者が日常的に直接見ることは争いがない。加えて、テクニシャンという職務の本質からすれば、テクニシャンが去った場合、被告においても、テクニシャンが作成した実験ノートを被告に残すと推定するのが最も理にかなっている(もし被告がこの事実を否認するのであれば、民訴規則79条3項に基づき否認の理由を明らかにすべきである)

第3、「偶発利用」論

1、問題の所在

実験ノートを他の職員(共同研究者・上司)に直接見せる場合の頻度が低い場合、そのような利用はたまたま発生した偶発的な出来事つまり、実験ノートの通常想定している利用の枠組みからはみ出した出来事か、それとも通常想定している枠組みの範囲内の出来事か。

2、結論

実験ノートを他の職員(共同研究者・上司)に直接見せる状況が発生する蓋然性及びかような状況において実験ノートを直接見せる蓋然性に照らし、
実験ノートを他の職員(共同研究者・上司)に直接見せる場合の頻度が低い場合とは、実験ノートの通常想定している利用の枠組みの範囲内の出来事である。

3、理由

(1)、背景となる状況
前記第2、3、①(5~13頁)で詳述した通り、実験ノートを他の職員(共同研究者・上司)に直接見せる場合とは次のような状況においてである。
()実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合
()再実験の必要が生じた場合
()研究不正が疑われる場合
(2)実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合及び再実験の必要が生じた場合
 前記第2、3、①(2)イ及びウ(6~8頁)で前述した通り、実験結果に疑問や不合理な点が出てきたり、再実験の必要が生じることは自然科学系の研究において「頻繁に生じ」ることであり、自然科学系の研究方法の本質に由来する不可避の出来事である。従って、このような状況が発生することは「たまたま発生した偶発的な出来事」には該当しない。
 なおかつ、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合や再実験の必要が生じた場合に、他の職員(共同研究者・上司)に実験ノートを直接見せて実験データの矛盾点、問題点の解明をめぐって討議・報告するのも通常のやり方であることも上記箇所(6~8頁)で前述した通りである。従って、このような状況において他の職員に実験ノートを直接見せる事態が発生することも「たまたま発生した偶発的な出来事」には該当しない。
(3)、研究不正が疑われる場合
 確かに、研究不正が疑われるという事態の発生自体は、頻繁に生じることでも、不可避の出来事でもない。しかし、ひとたび研究不正が疑われる事態が発生した場合には、前記第2、3、①(3)エ(10~11頁)で前述した通り、その疑惑解明のために当該組織等が実験ノートを直接見て検証するのは必至である。従って、研究不正が疑われる状況において当該組織等に実験ノートを直接見せるのは必然の出来事であり、「たまたま発生した偶発的な出来事」には該当しない。
(4)、小括
以上から、実験ノートを他の職員(共同研究者・上司)に直接見せる場合、たとえその頻度が低いとしても、かような利用はたまたま発生した偶発的な出来事ではなく、実験ノートの通常想定している利用の枠組みの範囲内の出来事である。

第4、2012年理事長通達問題

 前記第2において、被告の実験ノートの利用の具体的な実態を詳述し、それらの活用の実態から、実験ノートの「組織共用性」が認められることを明らかにした。その際重要なことは、この実験ノートの利用の具体的な実態は2012年理事長通達(乙5。以下、本通達という)以前から存在していたことである。それは、本通達が職員に変更を促しているのが①実験ノートの作成と③実験ノートの管理保管に関する部分にとどまり、実験ノートの利用に関しては《これまでの自主的な実験ノートの活用を基本とした仕組みとして》と変更はなく、せいぜい、これまでの活用を基本とした仕組みを「推進すること」、つまり従来行ってきた上記の利用のやり方を「もっと積極的に」やれとはっぱをかけているにすぎないことに対応している(以上の詳細は原告準備書面(1)第5、2参照)。
 以上から、一片の本通達により、被告職員が作成する実験ノートの「組織共用性」の判断は何ら影響されず、本通達以降作成される実験ノートに初めて「組織共用性」が肯定されるようになったという被告主張(被告準備書面(1)6頁3)は失当である。

第5、被告準備書面(2)に対する反論

1、実験ノートの個別性

被告は準備書面(2)において、次の通り、実験ノートの個別性をくり返し主張する。
《実験ノートをどのように活用すべきかあるいは実験ノートに何が記載されるべきかについては研究機関ごとにあるいは研究者ごとに異なるのであり原告が主張するような一律的・画一的な問題ではない。》 (4頁5行目・同頁2・同頁4()。5頁4()、同頁5
 上記被告主張によると、実験ノートの活用の仕方は各研究機関又は各研究者により千差万別であって、共通点は全く見出せないがごとくであるが、しかし、実験ノートの個別性と一般性・普遍性の関係については、木暮意見書(5)(甲28)が述べる次のように考えるのが正しいし、第2、3で前述した通り、被告の実験ノートの現実の活用の実態もまた、社会的に認められている実験ノートの一般的性格と異なるところはないのである。
《第1に、確かに実験ノートの具体的な書き方は研究者によって違うことはその通りですが、実験ノートは各研究者の私的な世界の記録ではなく、あくまでも、「未知の問題について仮説を立てそれに基づいて実験計画を立て、実験を実施し、得られた実験データから仮説が検証されるかを考察し、未知の問題を解明する」という近代科学の方法に基づいて合理的に設計され、合理的に活用されているものです。従って、まっとうな近代科学の研究を遂行する場合、実験ノートの設計・活用にはおのずと、各研究機関あるいは各研究者の個性を越えた、彼らに共通する普遍的性格を帯びざるを得ません。
第2に、現代の自然科学系の研究は、複数の研究者がチームを組んで研究と実験を分担する共同研究が通常です。従って、実験ノートの設計・活用も共同研究の合理的遂行に沿って組み立てられています。
第3に、被告の本研究プロジェクトがそうであるように、或る程度規模の大きな、長期間にわたる研究プロジェクトでは、実験など特定の技術的な支援のために研究組織に非正規で雇われたテクニシャンを使って実験を実施するのが通常です。この場合、テクニシャンは実験データを自分で使うのではなく、専らそれを研究者に提供することを目的とするもので、これを前提に実験ノートが設計・活用されています。
第4に、近年は、国の公的な研究資金によって行われた研究成果は研究者個人に帰するべきではなく、公的な性格を持つ、というのが一般的な概念になっています。》(甲28木暮意見書(5)2頁)

2、前訴(第一次訴訟及び第二次訴訟)との関係

 被告は、前訴の判決について、次の通り主張する。
本件訴訟で問題となっている実験ノートは、第一次訴訟及び第二次訴訟と実質的に同一の実験に関するものであるから、上記各訴訟の判決における事実認定及び判断は本件にもそのまま妥当するものである》(22頁4(1)
 しかし、
第1に、第一次訴訟及び第二次訴訟の判決が被告職員作成の実験ノートの「組織共用性」を否定したのは法2条2項の「組織共用性」の解釈を誤ったものであり、是正されるべきである。
第2に、本訴の実験ノートは、以下に述べる通り、前訴(第一次及び第二次訴訟)の実験ノートと「実質的に同一の実験に関するもの」でない。 すなわち、
第一次訴訟は、本訴で求めている遺伝子組換えイネの「開発」に関する実験ではなく、開発した遺伝子組換えイネの「栽培」に関する実験のノートであること。
第二次訴訟は、本訴で求めている(遺伝子組換えイネの「開発」に関する実験の中の)病害抵抗評価実験のノートについて「作成者を特定するように」という裁判所の訴訟指揮に基づき、原告が「平八重一之氏及び園田亮一氏である」と主張したところ、被告が「両名は病害抵抗評価実験のノートを作成していない」と争い、裁判所もこの被告主張を認めたため、「組織共用性」の判断に入るまでもなく、そこで請求棄却されたものである。
 以上より、第一次訴訟の実験は本訴の実験とは別の実験に関するものであり、第二次訴訟の実験は本訴の実験と「実質的に同一の実験に関するもの」であっても、前記平八重氏及び園田氏が当該ノートを作成したか否かが争点であり、そこで決着がついた第二次訴訟と「組織共用性」を争う本訴では争点が異なるものである。

第6、結語

 結語として一言、述べておきたい。判例・実務において、「組織共用性」の有無は文書の作成、利用、及び保存又は廃棄の状況等を総合的に考慮して実質的に判断するとされているが、もとよりその判断の中核となるのは文書の利用状況にある。文書の利用の状況において、組織としての利用」を裏付ける事実が1つないし2つ認定できる場合、他の2つの状況においてこれを覆すだけの特段の否定的事情がない限り「組織共用性」を肯定するに十分である(2つの「文書の利用状況」を中心にして、司法試験委員会の会議内容の録音物に「組織共用性」を認めた東京地裁平成19年3月15日判決〔甲32〕参照)。
 しかし、本件では、第一次訴訟及び第二次訴訟の判決において、実験ノートの「組織共用性」について、「組織共用性」の解釈を誤り、その「組織共用性」を否定してしまったという経緯がある。そのため、原告としては、二度と同じ過ちをくり返さないように、念には念を入れて、実験ノートの組織としての利用」を裏付ける事実について、見出し得る限りの事実を全て網羅することに努めた結果が本書面の第2である。
以 上



[1] ディフェンシン遺伝子を導入した遺伝子組み換えイネ(稲)の開発及び栽培の研究プロジェクトのこと。
[2] ただし、本訴では、「当該行政機関の職員」を「当該独立行政法人等の役員又は職員」と読み替える。
[3] また、言うまでもなく、少なくとも利用の実態として1つでも「組織共用性」が認められる場合には、特段の事情がない限り、文書の「組織共用性」が肯定される。

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