2020年9月3日木曜日

【お知らせ】2020年9月1日の報告2:原告準備書面(2)の裏づけとなる研究者木暮一啓東大名誉教授の意見書(5)を提出。

2020年9月1日に、原告から「組織共用性」について原告主張を全面展開した準備書面(2)の裏づけとなる研究者木暮一啓東大名誉教授の以下の意見書(5)を提出しました(PDFは->こちら)。
同じく、元研究員の原告も同様、陳述書を提出しましたが、その詳細は->こちらの記事。 

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(2枚目の本文から)
目 次
1、はじめに―実験ノートの利用に関して各研究者に共通する場合について
2、実験ノートの二面性
3、実験ノートの活用方法1――共同研究において実験ノートを直接見せる場合――
4、実験ノートの活用方法2――自身が実験ノートを見ながら説明――
実験ノートの活用方法3――テクニシャンが実験ノートを残す場合――
6、まとめ

1、はじめに―実験ノートの利用に関して各研究者に共通する場合について
被告は準備書面()で、次のことをくり返し主張しています。
「実験ノートをどのように活用すべきかあるいは実験ノートに何が記載されるべきかについては研究機関ごとにあるいは研究者ごとに異なるのであり原告が主張するような一律的・画一的な問題ではない」 (4頁5行目・同頁2・同頁4()。5頁4()、同頁5
 しかし、この主張には次のような問題があります。
第1に、確かに実験ノートの具体的な書き方は研究者によって違うことはその通りですが、実験ノートは各研究者の私的な世界の記録ではなく、あくまでも、「未知の問題について仮説を立てそれに基づいて実験計画を立て、実験を実施し、得られた実験データから仮説が検証されるかを考察し、未知の問題を解明する」という近代科学の方法に基づいて合理的に設計され、合理的に活用されているものです。従って、まっとうな近代科学の研究を遂行する場合、実験ノートの設計・活用にはおのずと、各研究機関あるいは各研究者の個性を越えた、彼らに共通する普遍的性格を帯びざるを得ません。
第2に、現代の自然科学系の研究は、複数の研究者がチームを組んで研究と実験を分担する共同研究が通常です。従って、実験ノートの設計・活用も共同研究の合理的遂行に沿って組み立てられています。
第3に、被告の研究プロジェクト[1]がそうであるように、或る程度規模の大きな、長期間にわたる研究プロジェクトでは、実験など特定の技術的な支援のために研究組織に非正規で雇われたテクニシャンを使って実験を実施するのが通常です。この場合、テクニシャンは実験データを自分で使うのではなく、専らそれを研究者に提供することを目的とするもので、これを前提に実験ノートが設計・活用されています。
第4に、近年は、国の公的な研究資金によって行われた研究成果は研究者個人に帰するべきではなく、公的な性格を持つ、というのが一般的な概念になっています。
以上の4点を念頭に置いて、以下で、実験ノートの利用に関して各研究者に共通する場合について述べます。

2、実験ノートの二面性
 その前に、一般の公文書にはない、実験ノートに特有な性質について確認しておきます。
(1)、一般論
私の意見書(甲12号証)3頁3にも書きましたが、通常、実験ノートには以下の情報が書かれています。
①.実験により得られたデータ(通常は数値。以下、「実験データ」といいます)
②.実験のやり方、その時々の実験条件、
③.気が付いたこと、小さなミス、考えたこと、失敗した場合の問題点、次へのアイデアなど。
もっとも、①や②が書かれていないものは実験ノートとは言えず、これは必須情報ですが、これに対し③が書かれていないからといって実験ノートでなくなる訳ではありません。その意味でこれは任意の情報です。
 ここで注意しておきたいことは、実験ノートに記載する情報には本来の目的である実験に関する事実の記録として非個性的な性格なものと、研究のアイデアなど作成者の個性的な性格が反映するものの二面性があることです。これは一般の公文書には見られない実験ノートに特有の性質です。とくに実験ノートに作成者のアイデアなどが書かれる場合、通常、研究者のオリジナリティを尊重する見地から、実験ノートの管理を作成した研究者自身に委ねることにし、共同研究者といえども他の研究者が作成した実験ノートを無断で閲覧することは禁じられるといった個性的性格に対応した取り扱いがなされています。しかし、だからといって、実験ノートの本来の目的である実験に関する事実(上記の①や②)のの活用方法までが個性的な性格を反映する取り扱いになるわけではありません。これについてはあくまでも科学研究の遂行にとって合理的な方法で取り扱いをしています。すなわち、上記の①から③までの情報のうち実験ノートのどの記載情報が問題になっているのかを自覚し、その記載情報の性質に応じて、適切な取り扱いがなされることに留意する必要があります。
この裁判で原告が開示を求めているのはもっぱら非個性的な性格を有する実験に関する事実(上記の①や②)と聞いていますので、以下では③を除いた①や②を念頭において、実験ノートの活用において各研究者に共通する場合について述べます。
また、以上述べた実験ノートの二面性は各研究者の個性に関わる事柄ではありませんので、この二面性は当然、被告所属の研究者が作成した実験ノートにも妥当すると考えます。

3、実験ノートの活用方法1――共同研究において実験ノートを直接見せる場合――
 共同研究のどのような場面で、実験ノートを直接見せることが起きるのか、主体と場面に分けて説明します。
①.共同研究者同士の間
さらに、実験ノートを直接見せる場面ごとに説明します。
(1)、場面1(実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合
ア、実験結果に疑問や不合理な点が出てくるという事態は研究活動の中で必ず起きる現象です。その理由は、これは次の通り自然科学系の研究の本質的な性質・特徴に由来する現象だからです。
自然科学系の研究とは未知の問題について仮説を立てそれに基づいて実験計画を立て、実験を実施し、得られた実験データから仮説が検証されるかを考察し、未知の問題を解明することです。そのため、実験の過程において、実験結果に疑問や不合理な点が出てくるのは、いわば研究の常です。
 従って、この現象は私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも経験することだと思います。
イ、次に、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合、実験ノートを直接見るという行為に出るのも研究活動の中で必ず起きる現象です。その理由は、この行為は次の通り自然科学系の研究の本質的な性質・特徴に由来するものだからです。
上に述べた自然科学系の研究の本質から、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合、まず検証するのが「得られた実験データ」がどうなっているかです。そこで、得られた実験データ」が書かれている実験ノートに立ち返り、これを直接見て、実験結果の疑問・不合理な点の解明を取り組むことが不可避となるのです。
ウ、小括
従って、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に実験ノートを直接見るのは私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

(2)、場面2(再実験の必要が生じた場合
ア、再実験の必要が生じるという事態は研究活動の中で必ず起きる現象です。その理由は、これもまた次の通り自然科学系の研究の本質的性質・特徴に由来する現象だからです。
 まず、研究者は1回だけの実験結果から結論を下すことはまずありません。それが2回、3回と再現され、安定的なデータを得た後に初めて結論に至るのです。また、何らかの原因により「実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合」も頻繁に生じます。その場合には「得られた実験データ」と突き合せて、疑問や不合理な点の解明に努めます。そして、何等かの手がかりが掴めた時、その手がかりに基づき仮説を立て、その仮説に基づいて新たな実験計画を立て、再実験を実施してその仮説を検証するのが研究の常です。
従って、再実験は私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。
イ、次に、再実験の必要が生じた場合、実験ノートを直接見るという行為に出るのも研究活動の中で必ず起きる現象です。その理由は、これもまた次の通り自然科学系の研究の本質的性質・特徴に由来する行為だからです。
再実験において新たな実験計画を立てるためには、それまでの実験の実験条件と突き合せて、どこをどう修正・変更するのかを検討する必要があります。そのためには、それまでの実験の実験条件を記録した実験ノートを見る必要があるからです。
ウ、小括
従って、再実験の必要が生じた場合に実験ノートを直接見るのは私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

②.作成者と実験の報告をする上司との間
(1)、場面1(実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合
ア、①(1)で述べた通り、実験結果に疑問や不合理な点が出てくるという事態も、そしてその場合に実験ノートを直接見るという行為に出るのもいずれも研究活動の中で必ず起きる現象です。このことは共同研究者間だけでなく、実験の報告をする上司に対しても同様です。その理由は、このことは、私の意見書にも書いた次の通り、自然科学系の組織的な研究の特徴に由来する現象だからです。
「研究に関する上司に対しても、①の実験データを見せることを想定しています。とりわけ実験直後にその数値などを実験ノートに記入したいわゆる生データが重要です。通常、その生データからその数字をパソコンに打ち込んで図表を作るのが一般的ですが、そこで結果に疑問や不合理な点が出てきた場合には、まず生データの記録を参照するのが普通です。経験を持つ上司が生データを実際に見ることにより間違いを発見したり、そもそもデータが信頼できるものかどうかを判定することが可能になるからです。」(甲12木暮意見書3~4頁)付け加えるなら、経験のある上司ならば、実験ノートを一瞥するだけで、作成者がどの程度きちんとデータを取っているか、あるいはどの程度きちんとその一連の仕事に向き合っているかを知ることができます。
イ、小括
従って、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合に上司に実験ノートを直接見せるのは私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

(2)、場面2(再実験の必要が生じた場合
ア、①(2)で述べた通り、再実験の必要が生じるという事態も、そしてその場合に実験ノートを直接見るという行為に出るのも研究活動の中で必ず起きる現象です。そして、これは共同研究者間だけでなく、ある程度規模が大きくなる再実験の場合、実験の報告をする上司に対しても同様です。その理由は、このことは次の通り自然科学系の組織的な研究の特徴に由来する現象だからです。
ある程度規模が大きくなる再実験の実施には新たなお金と時間がかかり、上司から再実験の承認を得る必要があります。そこで、再実験の必要性を上司に納得してもらうためには、①(2)イで述べた通り、実験ノートを見せながら説明することが最も合理的かつ説得力のあるやり方だからです。
イ、小括
従って、再実験の必要が生じた場合に上司に実験ノートを直接見せるのは私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

(3)、場面3(研究不正が疑われる場合)
ア、研究不正が疑われる事態が発生した場合に、所属する組織あるいはその解明のために設置された調査委員会等に対し実験ノートを直接見せるのは研究活動の中で必ず起きる現象です。それは2014年のSTAP細胞事件や山中伸弥教授論文疑惑事件を思い起せば明らかです。ひとたび研究不正が疑われるという異常事態が発生すると、それは当該共同研究者グループの問題にとどまらないで、研究者の所属する組織の社会的信頼・名誉に関わる重大問題となります。そのため、当該組織や調査委員会等は実験ノートを直接見て不正の有無を検証する必要があるのです。その際には研究者がノートに書き付けたアイデアなどの記述も研究のオリジナリティや剽窃の有無などを確認するために使われます。そこで、上司が問題の実験ノートを作成した研究者に対しノートの提出を命じ、作成者は命令に従うこととなるのです。
イ、小括
従って、研究不正の疑惑が発生した場合に研究者の所属する組織等が実験ノートを直接見るのは、自然科学系のどんな研究機関でも行なうことです。

③.テクニシャンと研究者との間
ア、テクニシャンの意義については、私の意見書(2) 6~7頁で解説しました。テクニシャンと研究者との間では、実験結果に疑問や不合理な点が出てきた場合や研究不正が疑われる場合に限らず、日常的に実験ノートを「直接見せる」場面が発生します。
その理由は、次の通り、これはテクニシャンという職務の本質に由来する現象だからです。
もともとテクニシャンとは、実験データを自分で使うのではなく、それを研究者に提供することを目的として雇用された者をいいます。従って、テクニシャンはその研究グループの中で実験データの共有を前提にして実験ノートを作成するからです(甲13号証木暮意見書(2)6~7頁)。
イ、小括
従って、テクニシャンが作成した実験ノートを日常的に研究者に直接見せるのは私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

4、実験ノートの活用方法2――自身が実験ノートを見ながら説明――
 共同研究のどのような場面で、相手に見せるわけではありませんが、作成者自身が実験ノートを見ながら説明することが起きるのか、主体と場面に分けて説明します。
①.             共同研究者同士の間
ア、日常の定期的な研究報告の場で共同研究者と検討する際に、議論が実験に関する詳細に及んだ場合、その詳細な説明、報告が必要になった時に作成者は手元に実験ノートを置いて、自分はそれを見ながら説明しますが、これは研究活動の中でごく通常のことです。その理由は、定期的な研究報告の場で議論する中で実験に関する詳細な説明、報告が必要になる場面が必ずあり、その時には、作成者は実験ノートを相手に見せない場合であっても、実験に関する詳細な説明を行うために自分はノートを見ながら報告することが必要になるからです。
イ、小括
従って、このようなやり方は私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

②.             作成者と実験の報告をする上司との間
ア、日常的に上司に研究報告する場でも、議論が実験に関する詳細に及び、その詳細な説明、報告が必要になった時には、作成者は手元に実験ノートを置いて、自分はそれを見ながら説明するのは①と同様、研究活動の中で通常のことです。
イ、小括
従って、このようなやり方は私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

実験ノートの活用方法3――テクニシャンが実験ノートを残す場合――
テクニシャンについて、研究途中でテクニシャンの実験担当が変更になったり、雇用期間の終了で研究チームから去るという事態は日常茶飯事です。なぜなら、もともとテクニシャンとは①期限付きで研究機関に雇用された者、なおかつ②得られたデータを自分で使うのではなく、専らそれを研究者に提供することを目的として雇用された者だからです。その場合、テクニシャンがそれまでに作成した実験ノートを研究者あるいは雇用された研究機関に残していきます。こうして、テクニシャンが作成した実験ノートは共同研究の中で活用され続けることになります。
イ、小括
このようなやり方はテクニシャンという職務の本質に由来するものですから、これは私だけではなく、自然科学系のどんな研究機関でも行っていることだと思います。

6、まとめ
 実験ノートの具体的な書き方は研究者によって違いがありますが、実験ノートの活用方法については、以上述べたように、被告も含めて各研究者に共通する点があるのです。
以 上



[1] ディフェンシン遺伝子を導入した遺伝子組み換えイネ(稲)の開発及び栽培の研究プロジェクトのこと。

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